こうん

ドント・ブリーズのこうんのレビュー・感想・評価

ドント・ブリーズ(2016年製作の映画)
4.1
スカラ座のデットスペースにスポッと入り込んだような、みゆき座の愛おしさよ。

それはさておき、アメリカで大ヒットしたっちゅう「ドント・ブリーズ」。
こんなのが2週連続で全米ナンバー1になるっていう点においてはアメリカが羨ましいなぁ。

オハナシはあれだ、金髪碧眼のかわいらしい少年じゃなくてマッドでアーミーなジジイが活躍する「ホーム・アローン」です。
つまり、”ナメてた相手が殺人マシーンでした”シリーズの最新作。
(よく考えるとケビン少年もなかなかエグイことしてましたな)

で……面白かったぁ~。
こういう出来のいいホラー映画観た時はことさらに嬉しいですね。
心が豊かになったり染みる教訓を伝えてくれたり人生の糧になったり…そういう映画では全くないのですが、88分間僕は幸せでしたね。
この幸せは、誰も否定できないし、誰にも侵せないんだぜ。

軽犯罪を繰り返す若者が、楽勝で抑え込めることができると思った人物がとんでもないジジイで痛い目に合う…っていうワンアイデアのサスペンス・スリラーではあるのですが、僕はこのフェデ・アルバレス監督の手腕になかなか上品な映画のセンスを感じてホクホクしてました。

描写が実に細やかで、ホラー/ショック演出もいいし、語りの緩急やケレンも効いていて、始終楽しかったすよ。終盤に何度か出てくるめまいショットとか、好きよ。
もちろんプロットは力業で、そこはなんで?というところもあるにはあるけれど、そこをすっ飛ばして納得させる演出が全編に行き届いていると思いました。

例えば、ロッキーが窓を破って侵入して、その窓ガラスの破片がちょっとの間ロッキーの靴裏にくっつく、という演出。
なんてことない描写だけど、そこで観客に「これから音に注意してよ」と誘導するような親切仕様になっている。ある意味で観客を兵器盲人の感覚に近づけるというか。
おぉナルヘソと姿勢を正しましたよ。
床板の軋みは聞こえてこそこそ会話は聞こえないの?というツッコミは気にしないようにしますが(だって好きだから)、聴覚と視覚、嗅覚を強調したサスペンス演出においては尋常ならざるテンションが張り詰めていたと思いますよ。
地下室でブレーカー切られてのあの赤外線映像みたいなの、大好きだし。「羊たちの沈黙」みたいで。主人公たちの瞳孔開きまくっているのがいいですよね。
秘密の地下室がやたらと広いのはジャンル映画の定石!

あと兵器盲人なんだけど、序盤はちょっと寂しいおじいさんに見えるのがいい。
娘の幼いころのビデオを見ながら寝落ちしてるって…最初は「このジジイ可哀想…」と思って観ていました。
多分、このジジイが実は強いということを知らないで観たほうが面白かったでしょうね。
(盲目だから当たり前なんだけど、飾ってある写真が逆さまになっているのにはギョッとしました)

面白いのはこの映画の舞台がデトロイトで、「イット・フォローズ」と同じなんだけど、荒廃した町に暮らす若者の焦燥が基調音になっている。似たような廃墟が出てくるし。
そこが面白かったし、そこに乗っかって観るのが正解なんだろうけど、ジジイの正体が「さみしい全盲おじいさん」→「元軍人の最強盲人」→「娘を想うあまり狂気に突入した最強盲人」→「変態犯罪者」というふうにどんどん明らかになっていって、若者VS全盲ジジイの攻防戦にどう乗っかっていいのか判然としなくなって困惑する…というのが大きな弱点ですかね。
同情すべきロッキーの事情がジジイの変態性にすっ飛んでしまいましたよ!
結構途中まで「ジジイも悪いことしているけど同情できなくもないなぁ」と思っていたので、あの冷蔵庫の中のブツ(陰毛入り)と先っちょの欠けたスポイトに僕は白旗あげました。

まぁでも全体にサスペンスホラーとしてめちゃくちゃ面白かったし、爽快でもバッドエンドでもない、砂を嚙んだような後味のアイロニーのある終わり方は好みでした。
希望にあふれているはずの出立の駅舎がやけに暗くて、気の利いた締め方だったと思いますよ。

主演のジェーン・レヴィさんのスクリーミング・クイーンっぷりはいいですね。
女の子が怖がっている表情がいい…なんていうと変態っぽいですが、女主人公の恐怖がサマになっているほうが面白いに決まっているじゃないですか。ライミはこういうカッペ感あふれる女優さんを見つけてくるのがうまいなぁ。

なんども言うけど、こういう低予算だけど気の利いたホラー映画がきっちり面白いというのは、なんともうれしいですな。
(頭がよく才能のある大人たちが寄ってたかって作った「ローグ・ワン」が面白いのはある意味当たり前に思えてくる)
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