むぅ

永い言い訳のむぅのレビュー・感想・評価

永い言い訳(2016年製作の映画)
4.1
「後片付けよろしくね」

夫の髪を切った後、妻はそう言って旅行に出かける。
妻は夫の不倫を知っていたのではないか。床に落ちた彼の髪ではなく、「うん、完璧」と自分が切ってあげてさっぱりした髪の彼がこれからする事へ向けての言葉だと、私は思った。

旅先で事故に遭い妻が亡くなる。
その時、夫は不倫をしていた。
一緒に亡くなってしまった妻の親友、その子供たちとの出会いからそれぞれの物語は新たな方向へ動き出す。

誰にでも"あの人"という存在があるのではないか、と思う。
それが愛情であれ、憎しみであれ、自分の心の中にいる"あの人"。
夫は妻が"あの人"という存在であることにいなくなってから気付き、妻は夫が自分にとって"あの人"であることを痛感していたように見えた。

母を亡くしてしまった子供たちと時間を重ねることで、彼らにとって頼れる"あの人"になっていく主人公。
きっと凝り固まっていたのであろう心がほぐれ、その隙間から優しさが溢れる様が愛おしかった。

人付き合いと一緒で、自分の感情との"付き合い"にも得手不得手があるような気がする。
私は"怒り"と付き合うのが下手だ。向き合いたくないと思う事が多い。"悲しみ"はわりと上手に付き合える。どうして?を繰り返せる。"寂しさ"とは年々上手くいくようになっている気がする。
主人公は"愛情"との付き合いが苦手なのかもしれないと思った。
実は、自分のダメな所をちゃんと知っている彼はその"愛情"を持て余していたように見える。
彼とは正反対の子供たちの父親、彼と似ているところのある長男と向き合うことで、"愛情"との付き合い方が変わっていくのが良かった。

『ゆれる』『すばらしき世界』しか観ていないが、西川美和監督は"愛情"と付き合うのが苦手な人を描くのが抜群に上手いと思っている。優しくちょっぴり意地悪に描く。好きだ。

主人公が思いついた言葉をノートに書きつけるシーンが何度かある。私もするので何だか嬉しかった。そしてもしご本人が書いているのであれば、本木雅弘さん達筆だな。

もう愛していない。
ひとかけらも。

妻の未送信のメール。
私は彼女はまだ彼を愛していたのだと思う。
むぅ

むぅ