ラウぺ

帰ってきたヒトラーのラウぺのレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
4.0
先に原作を読んでいるので映画の新鮮味が薄れるのでは、と危惧していましたが、結果的にそのようなことはありませんでした。
映画の前半は概ね原作をトレースしているものの、後半は新しいエピソードを加えたり、一部には設定の変更があるので、最後までどうなるのだろうという心境で映画に没入することができます。(映画は原作の更に先まで描いていると言えなくもない)

むしろ、原作にはピーキーなエピソードが少ないぶんだけ、ヒトラー的思考に寄り添うことになり(そもそも原作はヒトラーの一人称で書かれている)、その毒の直撃をより強烈に受けることになります。
映画のオリジナルな部分はそうしたヒトラーの「毒」に対して明確なNOを突きつけ、それは境界線の向こうにある、というメッセージを観客に伝える描き方をしているので、「あっち側」に行ってしまう人が生まれる要素はほぼなくなっていると考えられるのです。
原作はそれがなく、読者の側で善悪の彼岸がどこにあるのか自己の判断で踏み止まる必要があります。
この作品を語る上で、問題となるであろう、ヒトラーの主張の普遍的部分の境界の曖昧さ、「笑うと危険」なキャッチコピーの怖さを実感するのであれば、原作の方がより危険度が高い、ということができるでしょう。
これは良し悪しの問題ではないので、その点は作品評価とは別次元のお話として考える必要があります。
両者の比較をした場合、私自身を含む多くの人が映画の方が面白かったという意見であろうと思います。
これは映画的エピソードの起伏や映像としての情報量、コミカルな描写のダイレクトさといった部分もありますが、原作にはない演出として一般人にヒトラーと会話をさせて忌憚のない意見を言わせる部分のドイツのおかれたリアルな現実を浮き彫りにするところなど、全体に原作の意図に忠実に、更に作品の意図を補強する演出が行われているところがあるからかと思います。

また、これは蛇足ながら、冒頭流れるロッシーニの「どろぼうかささぎ」の序曲にはじまり、パーセルの「メアリー女王の葬送音楽」のエレキ版が重要なシーンで使われていて、スタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」へのオマージュが感じられるところはこの映画の隠れた主題(伝えるべき方向とでもいうのか)についてのスタンスが明確になっていると感じました。
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