ヨーク

バジュランギおじさんと、小さな迷子のヨークのレビュー・感想・評価

4.3
非常に素晴らしい、出会えたことに心から感謝できるいい映画だった。
この上なくシンプルな物語なのに考えるのも嫌になるほどの複雑な問題を描き出すという今作の脚本と演出の手腕は特筆に値すると思う。
あらすじにもあるからネタバレではないと思うが本作は迷子になった少女と出会ったおじさんがその子を自宅まで送り届けるというお話。本当にそれだけの話。邦題そのまんま。だけどそこに仕込まれているテーマやギミックや皮肉を含んだ笑いなんかの数々は半端じゃない。迷子の少女を自宅に届けるというシンプルな縦軸に対する横軸の織り込み方がテクニカルすぎてヤバイのだ。
まず映画の冒頭は日本人にはあまり馴染みのないクリケットというスポーツのシーンから始まるのだが、このスポーツというものが持つナショナリズムや敵と味方という概念が今作における非常に重要な要素となる。また、愛国や信仰に寄りすぎることによって盲目的になることの危うさも描かれるのだがそういったことをマイナスとしてだけ描くのではなく、自らが信じるものの誇りのために他者を受け入れて共存しようという方向に行く。そういう大それた大仰なお話が迷子を送り届けるだけのお使い的なロードムービーの中に詰め込まれているのだ。激熱な映画本編とはうって変わってこの脚本と演出は本当にクールでクレバーだと思う。
他に大きな特徴としては映画は大まかに分けてインド編とパキスタン編に分かれるのだがそのギャップの演出が凄い。
少女の守護者となるバジュランギおじさんはヒンドゥーの猿の神様であるハヌマーンを信仰する敬虔な教徒なのだが、彼と少女が窮地に立たされた時はインド映画ではお約束なように歌って踊って危機を潜り抜けたりする。色彩豊かなインドの地で歌って踊って戦ってとエンタメ満載なのだ。しかしそれはインド編での話で、物語がパキスタンへと移るとおじさんは借りてきた猫のように大人しくなってまるでインドの神はムスリムのテリトリーでは力を発揮できないのだと言わんばかりになってしまう。インドでは強烈だった色彩もパキスタンではシックで調和のとれた枯山水的なものへと変化していく。
それらの差異は明らかに意図的に描かれていて、最終的にそういった横軸の織り込みがメインの迷子の物語と混ざり合って響き合う素朴でシンプルなメッセージは素晴らしかった。そうそう、かなり技巧を凝らしてるけど結局は素朴で単純な映画なんだよ。だからこそ心に響くともいえる。
印パ問題もヒンドゥーにもイスラムにも大して詳しくない俺がボロボロ泣けるんだからこの映画には間違いなく普遍性があるのだと思う。本当に素晴らしい映画だった。
文句があるとすればあれだ、上映館数が少なすぎることだけだ。少しでも多くの人が観れば『この世界の片隅に』とか『カメラを止めるな』みたいに口コミで広まると思うのになぁ。
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