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ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャーのkomoのレビュー・感想・評価

4.2
J・D・サリンジャーの半生を描いた伝記映画。
作家を志す若き日のサリンジャー(ニコラス・ホルト)は紆余曲折を経たのち、コロンビア大学の文芸コースに入学。そこで教鞭を執るウィット・バーネット教授(ケヴィン・スペイシー)と出逢う。
文芸誌【ストーリー】の編集長を務めるバーネットはサリンジャーの原稿に度重なる不採用を言い渡すも、ある時ついに彼の短篇をストーリー誌に掲載する。バーネットはサリンジャーの才能をとうに見出していたのだが、彼の意欲が本物かどうかを試していたのだった。
その後、長編作品の執筆を開始したサリンジャーだったが、戦地への招集が彼の運命を変えてしまう。
心に深い傷を負いながら帰還した彼が『ライ麦畑でつかまえて』を世に送り出すまでの軌跡と、その後に辿った孤独な日々の物語。


まず初めに申し訳ないのが、私はサリンジャー作品は全くの未読でございます…。
しかし役者の魅力に抗いきれず、つい観に行ってしまいました。そこに存在しているだけで憂いを漂わせるニコラス・ホルトくんは、稀代の小説家の役が実に浸透していました。

サリンジャーの人生はまさに波乱万丈。
デビューを飾るや否や戦地へ駆り出され、ノルマンディー上陸作戦に参加。大勢の戦友の死を目の当たりにし、帰還後もPTSDで酷く苦しみ、創作意欲すら失うことに。
その間、出兵前に交際していた女性はチャーリー・チャップリンと結婚してしまう。
サリンジャー自身も降伏後のドイツにて結婚と離婚を経験。度重なる心身の不調は良くならず、通院や瞑想によって脱却しようとする。
そしてかつての恩師、バーネットとは絶縁状態に。

ここまで壮絶な経験をしないと"傑作"は生まれないのか……なんて見方をしてしまうと、世の中の"娯楽"がなんだか恐ろしいものに思えてきてしまいました。
『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ人々の多くは、主人公のホールデンという人物に強く共鳴します。
しかし、自身の分身とも言える"ホールデン"を多くの人々に分け与えてしまったサリンジャーには、どんな拠りどころが残っただろう。

表現活動をしたことがあるか否かに関わらず、人間は誰でも承認欲求というのを抱えているものだと思います。
それゆえサリンジャーの晩年(と呼ぶには、それが始まるには若すぎる年齢でした)の過ごし方に心底驚きました。
富や賞賛の声を得ること以上に、『書くこと』そのものを注視していたサリンジャー。晩年の過ごし方はまさにその証明。或いは今まで耳を傾けることができなかった自分自身の声と、生涯をかけて対話し続けることを選んだのでしょうか。

現在大変な状況になってしまっているケヴィン・スペイシーは、しかしお芝居の面では本当に素晴らしい役者さん。
バーネットがサリンジャーに対して見せる父性と執着と意地が綯い交ぜになったような表情は、『人と人が符合しあうことの難しさ』をより強く伝えてくれていました。

【ライ麦畑の反逆児】、意味深ですが合点の行くタイトルです。
かつて自分が創り出したフィールドに対し、今度は疑問を投げかける立場の者として佇むサリンジャー。
そんな彼がタイトルのように"ひとりぼっち"であったかどうかは、私には判りませんでした。
そして長命であったことは、彼にとって幸だったのか不幸だったのか。
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