マンボー

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のマンボーのレビュー・感想・評価

3.9
自分の境遇とあまりに違いすぎて、正直、かなり感情移入をしにくい物語だったけれど、なかなか恵まれた幼年時代を過ごせず、バンドマンへの道に進み、耳が聴こえなくなるという受け入れがたい現実に希望を失いかけた主人公が、最終的に自分や周囲の人を大切にして、そのままの自分で改めて生きてゆこうとする姿に静かな感動があった。

また、観客に難聴の疑似体験を仕向ける演出も意欲的で目を引いたけれど、何より恋人と主人公の幼年時代の境遇や体験が表面的には違うように見えても、実は不思議と似通い重なり合う部分が多く、相互理解と、互いへの親身な思いやりにつながっているという設定が少しずつ明かされていき、独特ながら説得力があった。

容赦ない現実に対して、安易な展開に堕することなく、二人の互いへのささやかで、でも分かちがたい絆による思いやりによって、絶望から、不器用ながらも着実に這い登ろうとするさまを丁寧に描いていて、それでも互いの未来に必ずしも相手が存在しえないことを示唆しつつ、音が聞こえにくい新しい世界を自らの足で、怖気付くことなく歩みはじめる主人公の姿は、ちょっと寂しいようでも、観ている人はきっと応援したくなるに違いなく、どんな世界にゆこうとも自分の世界を大切にしながら、周囲からもきっと大切にされる将来が見える気がして、過酷な内容のわりに余韻のよいユニークで唯一無二の秀作だった。