ヨーク

一晩中のヨークのレビュー・感想・評価

一晩中(1982年製作の映画)
3.6
ことごとく見逃してきたアケルマン特集ですが本作『一晩中』がひとまず今やっているイベントの中では最後の作品になると思う。どこかのミニシアターで延長戦でもやってくれたらまた観に行くかもしれないけど、とりあえずこれでアケルマンは一区切りという感じですね。今回の特集上映は短編含む全10本で俺が観たのは短編含む5本だったので、まぁ半分観たら上々というところだろう。軽く総括をすると噂に名高い『ジャンヌ・ディエルマン(中略)』は流石の面白さではあったが本作を含めた残り4本はやや小粒な感じという感じだったな。無論、アケルマンに娯楽大作を求めていたわけではないが何というか手の届く範囲のことしか描かれていなくて、それが良いところもあるんだけど食い足りないなぁというところもあったなと思いましたね。
んで本作『一晩中』なんだが本作もこじんまりとした作品であった。例に漏れずお話というほどのお話はなく『一晩中』というタイトルの通りに夏のブリュッセルの一夜の物語である。無理矢理ジャンル的に整理するならば恋愛群像劇というところだろうか。ブリュッセルの暑い夏の夜に自宅にいる夫婦やバーにいる見知らぬ男女や街に出かける若者たちのそれぞれ男女の姿が断片的に描かれていく映画である。お話らしいお話はないと書いたが本当にストーリーというものはほぼなくて各男女のストーリーがやがて重なって大きなテーマが浮かび上がってくるとか、お互いに他人同士の登場人物の行動が一つの物語の結末に向かって収斂していくというようなダイナミックな展開もない。
なのでまぁ物語やキャラクターがどうこうというのはないのだが個人的には結構好きな映画でしたね。そこまで劇的なことは起こらない男女の風景を淡々と描き続けるという点では『ジャンヌ・ディエルマン(中略)』の変奏という感じはするが、一番の違いはやはり群像劇ということだろう。同じ街の同じ夜に様々な組み合わせの男女の姿が並列的に描かれるのである。夜の闇のなかでお互いの肉体の輪郭線が朧気になっていって明確な”あなた”と”わたし”ではなくて”わたしたち”のように観える瞬間がいくつかあり、そのように自己と他者が曖昧な暗がりの中で重なるようなときが美しく描かれている映画だったと思う。もちろんそれも一晩の中で、さらに言えばその中でもほんの一瞬のことなんだけど。
特に大きな物語があるというわけではない恋愛群像劇といえば俺は世代的にどうしても『恋する惑星』を思い出すのだが、本作は『恋する惑星』ほどキャッチーでもキュートでもないが、酔いにも似た恋愛という果実がもたらす幻覚的な自意識の共有のようなひと時の酩酊感はある映画だったとは思う。また時代と場所が違うために『恋する惑星』とはかなり趣向は異なれどオシャレでスタイリッシュな感じはありましたね。
あとはそうだな、これは極々個人的な好みだけれど俺は昼間と比べたら圧倒的に夜の方が好きな人間なので、作中の8割以上が夜である本作は単純にその一点だけでも好きでしたね。夜の深い暗さとそこにいる人間の営みとの陰影が良かった。その心地よい暗さのおかげで寝ていたからかもしれないが、お話として面白いところは感じ取れなかった代わりに垂れ流されていく映像としては中々好みだったので自宅で延々と流していたいなという感じでしたね。
面白かったかというとやや微妙かもしれないが好きではある映画でした。
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