レンタルショップ店長M

ムーンライトのレンタルショップ店長Mのレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
3.9
主人公にのしかかる複数の社会問題をどう捉えるのか。これはこの作品を語る上で大事な要素なのは間違いないですが、

本作の場合、多くの人に「それぞれの問題への掘り下げ自体は充分ではない」と感じさせる、抑えられた演出だったと思います。

結論から言うと、僕はそれは『作品を理解する上での “前提” に気付かせるための、意図的な演出』であったと考えています。

つまり本作は
『最早掘り下げずとも、主人公の抱える孤独や不条理や苦悩は、この現代社会に生きる者ならば国や人種に関係なく “既に共有している” 』
前提で作られているという事です。

境遇や中身の差異はあれど、我々は皆そういったものを抱えて生きている。そういう時代に生きている。
少なくとも僕自身はこの仮定をすんなり消化出来た弱い人間であります。


映画自体には全く関係ないんですが、ビートルズの『All You Need Is Love 』って曲。
あれは本来は「うまく生きていくのに必要なものがあるなら、それは愛なんだ。愛さえあれば全てうまくいく。愛だけが必要な事なんだ」って歌なんですよ。

この曲が成立するのは、そんな『愛』を見つけるって事が、実際はとても難しい事を皆どこかで分かっているからですよね。

主人公は自分や母親を追い詰めた因果を大人になっても断ち切る事が出来なくて苦しむんですが、そうならないために彼に何が必要だったのかと考えると、もうそれは『愛だけ』だったはずなんです。金でも学でもない。

『All You Need Is Love』なんですよ。母親はそんな愛を与える事が出来たはずなのに、しなかった。出来なかった。彼女が後悔の涙を流すのは正にそこを理解しているからです。


では現代を、誰もが苦悩や不条理を抱える くそったれの世界だとするなら、何故シャロンはその中で主人公に成り得たのか?
僕はここに、本作がアカデミー作品賞を『取らなければならなかった』本質があると思います。

何故殴られても何度も立ち上がったのか?
何故暴力で解決する必要があったのか?
何故街を出て生きる事を選んだのか?

観終わった今なら分かるんですよ。
自分のためじゃなかった。
彼だけは常に愛を守ろうとしていた。


『ララランド』を『愛に感謝しよう』という映画だったとするならば、
『ムーンライト』は『愛を見つけよう』という映画だったと思います。
自分なりでいい。不器用でもいい。報われるかさえ分からなくてもいい。

悲しいですが、自分を含めた半径数m以内を見渡すだけでも、今の時代の温度感に真に合致しているのは後者だと思いました。
シャロンは特別な人間ではない。


『All You Need Is Love
まずはここからはじめようよ』