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THE BATMAN-ザ・バットマンーのFilmojaのレビュー・感想・評価

4.0
漆黒の闇に浮かぶシグナル―――
“復讐”の名の下に、ゴッサムに巣食う悪を白日の下に晒けだそうと、ケープをまとい、捜査に乗り出すマスクの男。
偽善だらけ、嘘だらけの曖昧な世界で、自らの信念を、この街の信頼を失うことの恐怖。
シリアル・キラーを気取った首謀者・リドラーの奇妙な謎かけがミスリードを誘い、真相に辿り着くまでの緊迫感に引き込まれる、サスペンスフルで斬新な野心作。

もうDC映画は、このテイストを突き詰める方向性でいいんじゃないか。
どこまでも昏い背景、昏い人物、昏い脚本。元々の原作コミックに根差した懐古的な探偵フィルム・ノワールをベースに、ゾディアックなどの猟奇殺人事件にインスパイアされた90年代的な退廃、腐敗ムード。

NIRVANA“Something In The Way”をバックに独白する、カート・コヴァーンさながらの病的な陰鬱感を漂わせるブルース・ウェインを演じるのは、「TENET(20年)」での謎多き役柄も記憶に新しい、ロバート・パティンソン。
ヴィジランテを始めて間もない、未熟な彼の苦闘と葛藤。

キャットとして独自のスパイ活動を通して、疑念を抱きながらも彼の信念に共鳴し、共闘することになるセリーナ・カイル(ゾーイ・クラヴィッツ)。
若さゆえの精神的な危うさ、脆さを持つ似た者同士、互いに惹かれ合うも決して内面に踏み入ることのない、微妙な距離感。

協力関係にあるゴードン刑事と、リドラーをはじめマローニ、ファルコーネ、オズワルド(ペンギン)など、冷たい雨が降りしきるゴッサムに蔓延る人物たち。市警、市長、検事、政治家の癒着など複雑な相関関係は若干、分かりにくいものの、コミックやドラマ版「ゴッサム」に親しむファンにはおなじみの面々が長尺でじっくりと描かれる。

冒頭のタイトルバックでも明らかなように、本作に影響している対となる作品として「ジョーカー(19年)」が挙げられるだろう。
善悪の境界がぼやけ、徹底的に人物の内面を掘り下げる現実的な人物像としては、やはりアーサー(ホアキン・フェニックス)の予測不能な痛烈さには叶わないものの(シンパシーを持つ人々をテロに煽動するリドラーとの共通点も)、未だヒーローになりきれず、目の前で両親を殺害されたトラウマを抱え、自らの復讐と恐怖を植えつけるような自意識過剰な制裁は、ただひたすらに痛々しくも恐ろしい。

特に物語中盤、バットモービルが暗闇の中でモンスターのように唸りを響かせ、威嚇するように登場するシーンと、その直後の痺れるようなカーチェイスは本作最大のハイライトだ。
予告編でも示されていた、炎を背に、威圧するようにゆっくりと近づいてくるヴィラン目線のバットマン。
重々しい重低音が鳴り響く、マイケル・ジアッキノの重厚な劇伴と共に、憤怒と憎悪を誇示する、本作を象徴するような名シーンだ。

その反面、ブルースのバットマン2年生としての不器用な弱々しさ、激しくも繊細な感情の起伏も表現され、これまでにないナイーブな人物造形はR.パティンソンによく似合っていて、そこはかとない色気が漂う。
手作り感のあるガジェット、特に軍服をイメージしたデザインのバットスーツに、縫い目がむき出しで傷だらけのマスクと、その下の黒いアイメイクが剥がれ落ちた病的な素顔は、これまでで最もリアルでクールな佇まいだ。

リドラーの仕掛けた謎かけの正体と罠が明らかとなり、すべての真相と深層を理解したとき、彼自身の責任を痛感し、市井の人々に対してとった行動と決断は強い意志を感じる、“真のバットマン”の成長を思わせる堂々たるものだった。

とはいえ、ゴッサムの街を現代社会になぞらえ、貧富の差が明確な、収奪する者と搾取される者の分断と混乱を、これ以上ないほどの衝撃展開で描かれた「ジョーカー」に比べると、3時間の長尺で描く濃密なドラマ(と少しのアクション)の割には、ラストに向けてのフックの強さに物足りなさを感じるし、バットマン映画の決定版「ダークナイト(08年)」と比べても、守るものの選択を迫るトリッキーなヴィランの個性が希薄すぎるという発展途上な問題も孕む本作。

腐敗しきったこの社会の、この街の、この先の希望と展望を描くのは決して悪くはないのだけれど、そこに至るまでの、ブルースのこれまでの信念が打ち砕かれる悔悟の念と、一般市民には支持されない闇の騎士として生きる覚悟が、今ひとつ伝わりにくかったのが惜しかった。

物語性のある劇的なカタルシスに期待するよりも、この作品世界に没入し、彼のモノローグと共に、美学的な映像演出に没頭するのが、本作の正しい愉しみ方なのかも知れない。


DCEUとは別の世界観として製作され、「ジョーカー」の成功に続く独自のバットバースを形成しつつある、ワーナー及び本作のマット・リーヴス監督。
個人的にはMCUの二番煎じ感のあるDCヒーロー集結映画に比べ、こういった徹底的な大人向け作品の方が相性がいいと思うので、R指定も視野に入れて今後もどんどん製作してほしい。

アーカム・アサイラムの監房にいた“あの人物”が今後どう絡んでいくのか、さらなる新解釈バットマン、その続編に期待したい。
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