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カモン カモンのFilmojaのレビュー・感想・評価

カモン カモン(2021年製作の映画)
4.5
君の話を聞かせて―――
そんな、なんてことのない、ごく普通の会話が、こんなにも豊かで素敵なことだったなんて。


気鋭のスタジオA24が贈る、モノクロの寓話的な映像で綴られる愛おしくも豊潤な日々。
ラジオジャーナリストのジョニーと、9歳の甥っ子ジェシーの、ヘンテコでハッピー、ちょっぴりメランコリックな共同生活。

LA、NY、デトロイト、ニューオーリンズ…
さしずめロードムービーのようで、取材先での子どもたちの、生のインタビューを挿みながら、あくまでふたりの日常に焦点を当て、録音機材での独白や対話を織りかさねながら、お互いにとって欠けがえのない思い出となるレコーディングの旅。

「ジョーカー」とは真逆の役柄となった、ホアキン・フェニックスの穏やかで時に感傷的な演技と、新人子役のウディ・ノーマンの無邪気で容赦のない振る舞いで、ドキュメンタリーのような自然な雰囲気、親密な空気感で描かれる。

現代劇なのにどこかノスタルジックで、何気ない表情や感情の機微を繊細に映し出し、風景や人物の光と影のコントラストが、喜び、哀しみを表すかのような人生賛歌。

―――普通って何?
じゃれあったり、おどけたり、すねたり、いじけたり…大人も子どもも、どっちもどっち、そんな素直な感情表現ができた方がいい。
けれども意地や理性や立場が邪魔をして、いつもできるわけじゃない。

本作はコミュニケーションのレッスンのように、まるで擬似親子のようなジョニーとジェシーの関係を通して、自らの子ども時代や親、きょうだい、夫、妻、恋人、そして子どもとの関係を見つめ直すセラピーのような作品だ。

愛しているけど、ときどきひどく疎ましい。

他者と関わることは楽しいことばかりじゃない。深く関係を築けば、それなりに軋轢だって生まれる。
自分が子どもの頃から両親の諍いは何度となく見てきたし、自分が家庭を持ってからも、同じように何度となく妻とぶつかり、すれ違い、結局は壊れてしまった。
ひとりの時間が増え、否応なく孤独と向き合い、後悔と悔悟の日々を送り、謙虚さと寛容さを学んだ(今さら遅いのだけど)。

ごめんね。いいよ。
こんな簡単なことが、大人になるとどうして難しくなるんだろう。

娘はジェシーと同い年で、ちょうど9歳。これから多感な年頃だけど、シャイでおとなしい性格なので、そんなに深い話はしたことがない。
週に一度の面会交流では、勉強も遊びも、できるだけ楽しませよう、喜ばせようと努力しているけど、生活を共にできず、成長をつぶさに感じられないのはやっぱり寂しい。

あと数年も経てば反抗期になり、今より疎遠になるだろう。いずれは大人になり、恋人、家庭を持つだろう。
たとえどんな立場になっても、今と変わらず、劇中のふたりのように、もっともっと話がしたい。対話をしたい。

Blah blah blah…ベラ、ベラベラベラ…

ふざけあったり、からかいあったり、ふさぎこんだり、はげましあったり…。

そんな当たり前のように続くと思っていた日々が、本当は当たり前じゃない、奇跡のような時間だったんだ。
物事は思い通りには進まない。
人生には思ってもいなかったようなことが起こる。いいことも、悪いことも。
この先どんなことが起こっても、前に進むしかないんだ。

C'mon C'mon…どんどん前へ、先へ先へ…

自分は娘に何を残せるだろう。
そんなことを想いながら、ふたりが心を通わせていくシーンに幾度となく涙が滲み、大丈夫じゃなくても大丈夫だと前向きになれるような、忘れがたい鑑賞体験になった。

ザ・ナショナルのデスナー兄弟による静謐で美しい劇伴が胸を打ち、人生の節目で何度も観返したくなる、珠玉の感動作。


思いがけず、ジョニーの独白録音のようなレビューになってしまった。
“ありふれたものをずっと残せるって、クール”だといいな。
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