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サラエヴォの銃声の小のレビュー・感想・評価

サラエヴォの銃声(2016年製作の映画)
4.0
皆様のレビューを読み、第一次世界大戦のきっかけとなった「サラエボ事件」、1992年から1995年まで続いた「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」を知らないとポカーンな映画、との空気が充満していたので、鑑賞当日、知識を詰め込んで臨んだ。

いやー、確かにその通りだけど、付け焼き刃では厳しいわ。「サラエボ事件」でオーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻を暗殺したセルビア人のガヴリロ・プリンツィプと同じ名前の男と、女性ジャーナリストの丁々発止のやりとりがとても早口。緊張感を出すためには当然の演出なのだけれど、理解が追いつかない。

ただまあ、セルビア人とボシュニャク人の対立関係は事前に把握していたから、雰囲気はつかめたかな。

物語自体はなかなかの出来映えではないかと思う。サラエヴォで最高のホテル「ホテル・ヨーロッパ」を舞台に描く群像劇。複数の対立関係を描きつつ、ひとつの結末に収れんさせるのは見事。緊張感、スピード感があり、退屈しない(歴史をよく知っていれば…)。

この映画の言わんとするところは劇中の台詞にもある「ヨーロッパは死んだ」ということかな。自分的妄想解釈では、今のヨーロッパ的価値観では深刻な紛争を生むような対立の根本解決はできず、全体を巻き込んだ戦争が勃発するリスクを縮小できていないということではないかと。

自分的妄想解釈によるヨーロッパ的価値観とは、一神教の文化ゆえ、善悪、白黒をはっきりつけようとするところ。

セルビア人は1995年の「スレブレニツァの虐殺」でボシャニャク人を大量虐殺し悪者になった感じだけれど、歴史的にみれば彼らにも、もっともな言い分がある。

ガヴリロ・プリンツィプは英雄かテロリストかが今でも論争になるそうで、この映画でもそれがひとつの見どころなのだけれど、白黒付けるようなことではないだろう。

考えるまでもなく、ガヴリロ・プリンツィプはセルビア人にとっては、民族のアイデンティティーを守った英雄であり、それ以外の人にとっては政治目的達成のため暗殺を実行したテロリスト。言葉で区別を付けようとするから、悩みが深くなる見本のような話ですな。

善悪、白黒はっきりつけて、悪を、黒を武力で制圧しようとするヨーロッパは、第一世界大戦の時と同じように銃声によって死ぬ危うさを今でも抱えている、みたいなことがきちんと腑に落ちる。やっぱり上手いわ。勉強して観た価値があった。
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