平野レミゼラブル

ファースト・マンの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ファースト・マン(2018年製作の映画)
3.4
「月面に立ったのは人間の『精神』なんだってなッ!人間はあの時地球を超えて成長したんだッ!価値のあるものは『精神の成長』なんだッ!」

そんな人類の『精神を成長』させたアームストロング船長を描いた月面着陸体験葬式映画。
「2人以上の人物を描写すると死んじゃう病」と「ラスト10分に全てを詰め込まないと死んじゃう病」を併発している難儀な監督デイミアン・チャゼルがアームストロング船長の月面着陸を描く!と聞いて俄然興味が湧きまして劇場で見てきたのですが……

流石にアームストロング船長を描くうえでその病気は発病しなかったよ!!
いや、別に悪くはないし、むしろ伝記映画としては真っ当に良い出来なんだけど真っ当すぎて逆に物足りないというか…ただこれは勝手にハードル上げてた自分が悪いです…
アームストロング船長の物語でクソハゲが歓喜したり、幻想のifルートミュージカルやるわけないじゃん…
(でも多くの登場人物を描いてはいたけど、やっぱりアームストロング船長と冒頭で亡くなる娘あるいは奥さんとの狭い世界の物語だった気がしなくもない)

ただ、やはり映像の作りのこだわりっぷりは凄まじく、キャッチコピーの「月への不可能な旅路を体験せよ。」の通り、観客に月面着陸を体験させようという気概に溢れている。
故に画面は狭い宇宙船からの景色しか映らず、チカチカと点滅し、ぐわんぐわんと揺れる。
臨場感たっぷり、画面酔いたっぷり…自分はあんまり画面酔いしないタイプなんですけど、それでもなんか気持ち悪くなりましたからね…
序盤でアームストロングらが受けていたNASAの無重力訓練は、確実に「お前たちもこうなる」っていう制作側からの宣戦布告と受け取るべき。
映画館で観るべきだが、映画館で観るべきでない映画である。

また、今回は「2人以上の人物を描写すると死んじゃう病」は発症しなかったと言った通り、アームストロング船長周りの家族やNASAの同僚が多く登場する。
しかしその多くはアポロ11号に至るまでの道程で犠牲となり命を落としていく。
本作は娘の埋葬に始まり、その後も同僚達の葬式の描写が挿入されていく死が身近な映画だ。いかに多くの犠牲を経て、人類が『精神の成長』へと至ったのかということが伝わってくる。
そしてアームストロング船長が月へ国旗を立てるシーンを敢えて描写せず、代わりにあるシーンを挿入したのだが、あれはその夥しいまでの死に対する彼なりの葬式なのだろう。
ニール・アームストロングの弔いを以ってあの日、人類は月の住人となった。