ラウぺ

甘き人生のラウぺのレビュー・感想・評価

甘き人生(2016年製作の映画)
3.9
9歳のときに母親亡くし、深刻なトラウマを抱えた男。母親はなぜ亡くなったのか?父親の言う心筋梗塞とは本当なのか?長じて新聞記者となった後も、人を愛すことができず、心を閉ざしたまま生きている。
楽しかった母親との思い出、どうしても母親の死を受け入れられない子供時代と、大人になった主人公を交互に描くことで、そのトラウマの大きさ、そこから抜け出せない男の人となりを描き出していきます。
トラウマに対する向き合い方という点では「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に近い映画といえるでしょう。

特筆すべきは主人公の心の襞を実にリアルに、丁寧に描き出していることです。
冒頭の音楽をかけながら嬉々として主人公と踊る母親の姿、何か物憂げな表情で川に花束を投げる母親の姿など、回想シーンでは優しかった母親への想いがひしひしと伝わってくるほか、葬儀の際に神父に食ってかかる姿や、受け入れ難い母親の死のおかげで、ちょっとおかしな言動に走る子供時代の記憶、反抗しながらも母親に大切にされている友人の様子をうらやむ姿等々・・・原作が自伝小説なので、体験者としての具体的でリアルな描写が原作にあるのだろうと推察しますが、過剰な演出を避け、適度な距離感をもって描き出すところに監督の確かな手腕を感じることができます。
更に脇役を含め登場人物達の、ほんの僅かに外連味を漂わす気の利いたセリフの数々が、なんとも心地よい映画体験を過ごすことができます。
謎解きの要素がないわけではありませんが、基本的には克服しがたいトラウマによって引き起こされる小さな出来事の積み重ねのみで映画が成り立っているのです。
あまり自分語りをしない主人公が母親について素直な心情を吐露するところがありますが、全体に抑えたトーンの中で、そこだけリミッターが外れた感があります。また、そこにふと笑いの要素が挿入されることでガス抜けもできるという気の利きよう。
醒めた目で見ようとすれば、単なるマザコン男の追慕に過ぎないように見えるかもしれませんが、その女々しさ自体が主人公のトラウマの大きさを物語ってもいるし、そのことだけで映画が作れてしまうピュアさが一つの驚きでもあります。
主人公はトラウマから抜け出し、新たな一歩を踏み出すことができるのか?
予告やチラシのコピーから予想されるような展開はない、とだけ言っておきます。

ところで、邦題の「甘き人生」とはどのような意味を成すのか?
最後まで観てもこのタイトルの意味合いはさっぱりわかりませんでしたが、原題は”Fai bei sogni”(=良き夢を)で、これは母親が主人公に語った最後の言葉でした。
毎度のことながら、意味不明だったり、まったく本来のニュアンスと異なる邦題を付ける悪習は早急に改めて欲しいと思います。
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