るるびっち

ろくでなしのるるびっちのレビュー・感想・評価

ろくでなし(1934年製作の映画)
5.0
8月のシネマヴェーラ渋谷の企画で、一番楽しみだったのが本作。
ビリー・ワイルダー幻の作品。ハリウッドデビュー前の監督第一作。
ワイルダー関連の著書では『悪い種子』と訳されていたが、マーヴィン・ルロイの同名邦題があるためか『ろくでなし』の邦題になっている。

自動車強盗団の若者を描いた青春映画。
後のワイルダーに繋がる成りすましの手法は、この頃はまだ成りを済ましている。
よくワイルダーと言えば、「成りすまし」みたいに言われている。
主人公が別人に成りすます時も確かにあるが、むしろ本来の自分の性格とは反対のキャラを演じるという場合が多い。
『昼下がりの情事』でヘプバーンは箱入り娘の役なのに、経験豊富なプレイガールのフリをする。『麗しのサブリナ』でボガートは黒ずくめの地味なビジネスマンだが、話の都合で女性を楽しませるモテ男になりきる。
本来の自分と違う性格を演じることで、却ってその人の本質が浮かび上がる。また、相手を騙すことになるので葛藤が深まる。
更にストーリー上も「偽りという秘密」を抱えることで、その偽りがいつ発覚するかという展開の興味を加えられる。ワイルダー作品にコメディとサスペンスが多いのは、この辺りと関連があるだろう。恋の嘘ならラブコメに。犯罪絡みの偽りならサスペンスになるからだ。
人物描写の深みとストーリー上の波乱、両方を兼ね備えた俊逸な手法である。
この完璧な脚本術を、いつ何から学び取ったのか大変興味がある。
しかし残念ながら、世にあるワイルダーのインタビュー本でこの謎を解き明かしたものはいない。三人がインタビューしているが満足できる内容ではない。インタビュアー達は脚本に興味や見識がないのか、この発明に気づいていない(一人は脚本家なのに…)。役に立たない、ろくでなし共である。

しかし本作は、まだそんなワイルダー脚本の凄みは感じさせない。
一体いつ彼は、あの完璧な手法を思いついたのか? 謎が深まるばかりだ。
制作費の都合かロケが多い。実景の多いセミドキュメンタリータッチ。
期せずして、ネオレアリズモやヌーヴェルヴァーグに先駆する演出になっている。
後のワイルダー作品のように、伏線が縦横にやかましいほど張り巡らされている訳ではない。
自動車泥棒を描いた本作は、若者の無軌道と未熟が描かれる。
若さは未熟で完成などされない。作品自体が未熟な若々しさに満ちている。
その未完成な部分こそが、二度と再現不可能な眩しい時期を伝える完璧な表現なのだ。青春が横溢した一作。
(エルンスト・ルビッチ、ビリー・ワイルダー、山中貞雄の作品に点数など付けられない。無星か満点しかない)
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