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X-MEN:ダーク・フェニックスのFilmojaのレビュー・感想・評価

X-MEN:ダーク・フェニックス(2019年製作の映画)
3.0
コミックスの「ダーク・フェニックス サーガ」を原作に忠実に再現したかった監督と、これまでの映画シリーズを観続けてきたファンとの乖離?

本国アメリカでの興業成績の不振、批評家レビューでの芳しくない評価、公開前の話題性の低さ…。
不安になりながらも、FOX製作での最後のX-MENを観届けようと劇場へ足を運ぶも、地方とはいえ公開初週の休日の昼間にも関わらず、地元のシネコンでの入りは3割ほど…。

何だ、この「アベンジャーズ」公開後の冷めた空気感は?やっぱりみんな「エンドゲーム」でのあまりの感情の振り幅に、バーンアウトしちゃったのか?(って、自分も最近までMCUロスから脱け出せず…)

これまでのダークな世界観から一転、誰もが楽しめる娯楽作に舵をきったDCの近作や、今やアメコミ映画の象徴となったMCUといった大作ひしめく昨今、ハードルが上がりきった中での公開で比較するのは酷だし、無意味だけど、同じく女性を主役に据えた「キャプテン・マーベル」や、集大成作「エンドゲーム」の直前での大ヒットが不利に働いたのは間違いないだろうし、ラストシーンでの“類似する展開”によって再撮影を強いられたのは不運としか言いようがないし、それによって公開時期がずれたのは不幸だった。

せめて「エンドゲーム」公開前なら…とも思ったけど、前作「アポカリプス」で新シリーズに節目を打たれた以上、本作が製作されたのは完全に蛇足だったんじゃないかと思わざるをえない。

X-MEN第1世代の過酷で運命的な出自を描いた「ファースト・ジェネレーション」から、「フューチャー&パスト」の未来での絶望を、希望に変える過去での苦闘、そして紀元前から80年代までのミュータントの黙示録を描いた「アポカリプス」。
旧3部作と相まって、ただでさえややこしい時系列に加えて数作のスピンオフもあって、アメコミ映画の先駆けでありながら、MCUより難解で好不調のバラつきが多い印象のX-MENシリーズ。

それでも、善悪の曖昧さや人種差別、戦争の愚かさや融和への希望など、歴史をさかのぼりながら人間とミュータントの根源的な美しさと醜さ、失敗と成長、苦悩と栄光、家族や仲間との絆と愛情を丹念に描いてきた。

それが、こんなミニマルな物語が完結編で本当にいいの…?もったいない!
確かに重厚な人間ドラマはそのままに、ジーンの内面的な闇に迫ったダークでナイーブなテーマを描きたかった意図は理解できるけど、脚本が迷走していて、いかんせん感情移入できない。アクション以外の尻すぼみ感が口惜しい。

“「X-MEN」史上もっともエモーショナルなドラマ”とキャッチフレーズを打つなら、「ローガン」を超える傑作を期待したかったし、これが最後と煽るなら、 シリーズを観てきたファンが満足して、いやせめて納得できるラストを用意してほしかった。

92年という脈絡もリアリティーもない舞台設定で、あくまで「ダーク・フェニックス」の物語にこだわり、何度も書き直される脚本、ヴィランの存在感不足(ジェシカ・チャステインのムダ使い)、X-MENメンバーの雑な扱いに、観客が置き去りにされる整合性のなさ、単調で変化のないドラマシーンでのカメラワークと演出に、ストーリー性の平凡さ、列車である必然性があまりない、どこかで観たようなシーケンスに、盛り上がりに欠けるクライマックス、そして何よりも主役であるジーンに共感できないご都合主義的な人物造形(せめて善悪に揺れ動く葛藤の描写があれば)、違和感と喪失感しか浮かばない鑑賞後の余韻。

…といった問題点を、これまでのシリーズを担ってきた素晴らしい俳優陣の演技力と、ハンス・ジマーによる生々しく臨場感のある音響でギリギリのバランスを保っている、ジーンの不安定な心を体現するかのような作品に仕上げた初監督で脚本家のサイモン・キンバーグ。

もしブライアン・シンガーだったら…と思わざるを得ないけど(結局「ファイナル・デシジョン」の二の舞に)、これを機にX-MENがMCUに組み込まれるなら、少なくともスタッフは一新した方がいいという好例になったのかも知れない。

ちなみに、大好きだった新シリーズでのクイックシルバーの高速救出シーン。
まさかの先行公開されていた冒頭映像での噛ませ犬扱いにガッカリ。これがいちばんのショックだった…。

総じて、あらゆる期待をことごとく下回り、最終作でシリーズに泥を塗ってしまったのが悔やまれる本作。
同じくシリアスでへヴィーな作風なら、「ローガン」でウルヴァリンが壮絶な最後を遂げ、未来に希望(ニュー・ミュータンツ)を託す作品で終止符を打つべきだったと、自分は思う。
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