ま2だ

ジュピターズ・ムーンのま2だのレビュー・感想・評価

ジュピターズ・ムーン(2017年製作の映画)
3.5
ジュピターズ・ムーン観賞。

過失により転落人生を余儀なくされる医師と、重力を操る移民の少年の逃避行。SFと捉えるか、社会派の寓話と捉えるかで評価は変わってくるだろう。

観ているこちらまで息苦しくなりそうな、国境での移民たちの逃亡劇から、少年の能力の覚醒までを一気呵成に描くオープニングは秀逸だ。空中浮遊シーンのノーCGなぎこちなさも監督のステイトメントだと思うことにする。

ただし目玉である空中浮遊は、空中浮遊でしかなく、SFアクション的観点から本作を観ると早々に飽きてしまう。物語をドライブしていく熱量にも欠けている。ここに描かれているのはスーパーヒーローではなく、能力に困惑するひとりの少年の姿だ。

例えばパディントンの1作目が熊のかたちを借りて移民が異国の共同体に受け入れられる経緯を描いていたのと同様、ここでは、親とはぐれた密入国者のシリア人少年が感じる不安や困惑が、肉体の浮遊というかたちを借りて描かれている。

この能力が単に浮遊するだけではなく、ささやかながら周囲のものにも干渉する「重力操作」として設定されているのもミソで、彼はただふわふわと困惑気味に宙に浮くことで、ハンガリーの閉塞した社会とそれぞれに隘路にはまり込んでいるように見える登場人物たちにもまた、静かに干渉していく。空を見上げることを忘れた人びと、という括りは国境を越え、観客である我々をも射程に収める優れた問いかけだ。

東欧の移民問題やテロリズムを盛り込んだバディものとして物語は進んでいくのだが、浮遊能力のささやかさに対する意識を切り替えたとしても、いくつかの理由でドライブしていかない。

本作には長回しで臨場感を醸し出すシーンが頻出するのだが、その全てが物語から要請された効果を上げているとは言い難い。その最たるものが低い重心から撮られた迫力あるワンカットのカーチェイスで、展開上はかなりトゥーマッチな表現だ。へなちょこ医師と移民を、これまたへなちょこな悪徳刑事が追うシーンなのだから。カーチェイスには追う者追われる者のパーソナリティが反映されて然るべきなので、その意味で本作には表現に淫している箇所が散見され、違和感を残す。逆に言えば人物描写に失敗している(意図的に放棄しているのかもしれないが)と言えるだろう。

屋上での靴紐のシーンに象徴されるように、イエスキリストになぞらえられた浮遊するシリア人少年を演じた俳優の持つ、幼さと老い、怒りと諦めの両義性はなかなかに絶妙。だが、その他の役者のチョイスにもあえて王道を外したようなセンスが見られ、少々座りが悪い。執拗に少年を追う刑事がルックスと動機いずれもミスマッチで何度も困惑させられた。

随所に見られる端正な映像表現と、全体を貫く、救いを軸とした陰影あるテーマは素晴らしいが、それを接続するエンタメとしてのドラマ部分が惜しいと感じる。
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