ま2だ

エセルとアーネスト ふたりの物語のま2だのレビュー・感想・評価

4.9
エセルとアーネスト ふたりの物語、鑑賞。

「スノーマン」や「風が吹くとき」で有名な絵本作家レイモンド・ブリッグスが自らの両親を描いた絵本の映画化。戦前から現代まで、20世紀を生きたひと組の夫婦の物語だ。

繊細で美しいタッチのアニメーションだが、その表現は普遍的であると同時に極めて現代的でもある。この両方を射抜くことができることができる作品はそう多くはないはずだ。非の打ちどころのない傑作。

物語の中心に第二次世界大戦が据えられているのは間違いなく、その意味で「この世界の片隅に」と並べて観られるべき作品だと言えるが、本作のメッセージは反戦のみに留まらない。ここでは戦争は夫婦間のビゲスト・トピックスのひとつではあるものの、主題はあくまでも夫婦。そしてひととひととの対話だ。

出自の異なる者同士が、惹かれあい共に暮らし、共通の目標に向けて進んでいく。その俯瞰的には幸福な過程の端々に起こる些細な価値観の衝突が、映画の多くを占める夫婦の会話シーンの中でつぶさに拾い上げられている。夫婦に通底している、上流を嫉み、下流を蔑む無垢な中流意識が、戦争に突入していくイギリスのムードと重ねあわされていく過程はシビアで、日本の現状と重ね合わせて観ると静かにおそろしい。

中流意識への安寧、自分たちがささやかに暮らせればそれでいいという思想が、実は自分たちとは関係ないと思っていた共同体の危機的状況をひたひたと呼び寄せているのだと、映画の中盤は強く訴えかけてくる。これはアプローチは逆方向からだが、間違った思想や権力に立ち向かうための知性の重要性を説いたミッシェル・オスロ監督の
「ディリリとパリの時間旅行」にも通底していると感じた。

雪の舞う屋外から自宅に戻ってきた直後に赤らむ頬など、繊細な表現も素晴らしい本作。病室でのテレビの位置のエピソードや、タッチの凄みに息をのむ両親との別れのシーンなど息子だから覚えている状況、息子だから持ちうるある意味で冷徹な視点も印象的だ。

「中流」とはどういうことか。自らの両親を通してそのひたむきさと共にあやうさやはかなさも含めて描き切った先にある真摯な美しさ、時間の積み重ねの尊さに胸を打たれる。そういえば、自分を東京の大学に送り出してくれた両親の、昔の写真に写っていた最初の家にもつる薔薇のアーチがあったなと思い出し、そこに込められた「憧れ」に思い馳せると、涙が止まらなくなった。
ま2だ

ま2だ