ま2だ

詩人の恋のま2だのレビュー・感想・評価

詩人の恋(2017年製作の映画)
4.2
詩人の恋、鑑賞。

才人ヤン・イクチュン主演、本作のLGBT要素、冴えない詩人と貧しい環境の美しい青年、という組み合わせにおける性別は、そのアイデンティティの揺らぎの強さに寄与しているものの、これは詩人とその妻、そこから拡大して伝統的な家族や共同体の枠組みと「恋」と名付けられる関係性のへだたりについての物語だと感じた。

詩人と妻と青年。映画はこの三者を軸に憧れや投影、同情や打算、妥協や共助といった我々の周りにあまねく「愛に似た何か」の在り方を浮かび上がらせていく。詩人と青年の、併せて詩人と妻のやり取りから掬い取られる感情、特に後者は本作を一段奥深いものにしていると思う。

青年よりも妻の境遇から接続されるテーマがより現代的だと言い換えることができるかもしれない。葛藤を抱えながらも物分かりの良いさばさばした妻を演じるチョン・ヘジンが素晴らしく、さりげない台詞やここぞというところで見せる感情の綻びが、彼女の生きてきた歴史、更に言うと女性の歴史を垣間見せてくれるものになっている。

もちろん社会から男性に伝統的に要請される役割や振る舞いに対する葛藤やアイデンティティクライシスもまた、詩人と青年という2人の男性が置かれた境遇によって十分に描かれている。

男性が中心に据えられている本作において、少ない場面でしっかり女性側の葛藤も描いているという意味で、性別は逆ながら「はちどり」や「82年生まれ、キム・ジヨン」と似た問題意識の在り方、搾取と抑圧という切り口で他方の性を糾弾するだけではない慈しみ深い視線を感じさせる。

それゆえ終盤の展開、伝統的な価値観の中で各々がどう振る舞うか?という点において、観る者が未来というよりは過去の恋愛に思い馳せてしまうような回収の仕方に少々困惑したのも事実。

この結末、二重の意味で次の世代に託す、という意味合いなのかもしれないが、中盤までに提示されてきたカードの組み合わせからするといささかノスタルジック、センチメンタルな着地に感じたが、これは本作の基調がラブストーリーであるからだろう。

詩人と青年がバスの中で即興詩を繋いでいくシーンを筆頭にラブストーリーとして繊細かつ美しいシーンも多く、ここに妻を含めた三者の結末の後味、余韻に寄与していると言えるだろう。同じ詩人の日常を題材にした「パターソン」のような平穏な日々が彼らにも訪れるとよいな、と思う。

詩人は泣けない誰かのために泣く、とは劇中の台詞だが、利己と利他のいずれをも差し出さなくてはならない恋という状態と、詩との重ね合わせ方が巧い。
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