八木

希望のかなたの八木のレビュー・感想・評価

希望のかなた(2017年製作の映画)
4.5
 すごくいいものを見た、気がするけどエンタメとして見たら薄味。この感触こそテアトルシネマ系列。大体この感じになる。
 移民の問題について、今のところ否定も肯定も意見を持ち合わせておらず、外国の移民についても完全に対岸の火事として捉えてしまっている。日本は現時点ですでに労働人口がショートしており、その対策のために介護や製造の部門で「技術を伝える」という名目でモダンな奴隷制度みたいなのを展開しちまってるところを見ると、受け入れる心の準備ができてないんだろうなあ、と思ってしまう。フィンランドで移民を受け入れることがどのようなものなのかはわからんが、例えばトランプが大統領になり、オーストラリアが自国民ファーストを謳う首相を選んだことを思えば『多様性を受け入れろ』という正義の文句が、いつしか超一般市民の許容の器と知性を超えてしまっていると思うし、フィンランドもそういう極端な意見が生まれて殴り合って、それを見てるだけで疲れるというような状況が生まれてるのだろうな、と想像いたします。
 映画人を含めた表現者一般というものは、基本的に反権力に酔っぱらいやすく、負け戦に勝利を見出す人が多いようです。アキ・カウリスマキの映画はこの作品で初めて見まして(ほんで引退作だそうな)、『移民の話』ってことがわかってから「あーこれから結論まで正義の拳でぶん殴られるんだな」と憂鬱な気持ちだったのですが、この映画はそういうもんじゃなかったんですよ。
 いや、まあ、言ってるんですけどね、移民受け入れ反対に対しての異は。ただ、一切説教してない。このバランス感覚はすごいと思った。うるさくないの。ていうか、コメディとして見てもめっちゃ楽しいんですよ。移民としてやってきたシリアの男が、フィンランドの住人たちと価値観の違いが明らかになる瞬間がいくつもこの映画では描かれていて、お互いそれらに過大に干渉しないんです。その、人間同士の適当な距離感が、陳腐な表現ですけど、あったかくて安心する。時代は多様性だバカヤロウ、じゃない。そんな人がいる、その人が生きてる、そんな人が困ってたら助ける、だって俺たち人間同士だろう、ということ。
 具体的に書きますと、難民であるカーリドがヴィクストロムに出会う場面ですね。殴られたら殴り返すんです。でも別にそれ以上に興味ないんです。ヴィクストロムと奥さんの再会のシーンもすごく良かった。泣きそうだった。カジノに行って、レストラン経営を始めて、カリードを何となく雇って、奥さんともう一度会って、その人の人生が消え去るまで、少しずつ登場人物が増えていくという、ただそれだけのことがこの映画には描かれています。「移民」というモンスターが襲ってくるのではなく、いろいろあったカリードがやってくる、それを見て何か思う、お互いの人生の登場人物になる、ということが抑えた温度で感動的に描かれていました。適当に選んだけど、見てよかったと思いました。監督作も少し追ってみたいっすねえ。
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