むぅ

ウスケボーイズのむぅのレビュー・感想・評価

ウスケボーイズ(2018年製作の映画)
3.4
「教科書は破り捨てなさい」

"現代日本ワインの父"と称される麻井宇介(麻井昭吾)さんの言葉。
グッサリ刺さった。
私も何かに興味を持ったり、チャレンジする際、'型通り' '前例は' '通常ならば' などにとらわれがちで、誰もしたことのないチャレンジにはなかなか手の出せない'固定概念'のあたりをウロウロするタイプである。

日本でも素晴らしい赤ワインが出来る可能性を示した最初のワインとされる『桔梗ヶ原メルロー』。
1976年、麻井宇介が欧州系品種の導入を主張したのを機に、ワイン醸造用としてメルローを栽培したことから生まれたワイン。
『信州桔梗ヶ原メルロー1985』は、国際的に権威のある第35回リュブリアーナ国際ワインコンクールで大金賞を受賞している。

その『桔梗ヶ原メルロー』に魅せられたワインを愛する若者達が、自らの手で素晴らしいものを生み出そうとワイン造りに没頭していく実話をもとにした物語。

あぁ...と思った。
何故そう感じたかというと、この物語に出てくる"ワイン"という言葉は、色々な言葉に置き換えられるのだ。
私は自然と"映画"に置き換えて観た。

冒頭、テイスティングのシーンでみんなが飲んだワインに対して、次々とネガティブなコメントをする。そのワインそのものに対して感じた事ではなく、理想とされるワインと比較して粗を探すようなコメント。
何かに詳しくなってきた時、やってしまいがちな事だと思う。
私自身、映画をよく観るようになって、同じような感覚を持って斜めから映画を観ることが増えてしまっているかもしれない、と反省した。
映画鑑賞だって、仕事だって、人付き合いだって、「楽しもう」「どんな良いところがあるのか見つけよう」と思う目を大切にしないと、本来なら見えるはずのものも見えなくなっているのではないか。
「日本の"ワイン"が勝てるわけがない」の"ワイン"は本当に色々な言葉に取って代わる。
ちょっと目が覚めたような気がした。

とは言っても、映画としてワインの"醸造"に当たる部分が多少まだ未熟な映画ではあると思う。

個人的には、何種類かのワインをテイスティングする際のワイングラス問題(そのグラスそんなに家で準備出来る数か?もうちょい安いグラスでよくないか?いちいち洗うシーンを入れるのは大変か、だったらグラスをゆすぐ用の水とそれを捨てるバケツの描写は?)がどうしても気になったし、そこまでワイン造りに拘ってるのにワインバーで注文する台詞が「赤ワイン」なの?せめて「今日のグラスワインの赤」とか「カベルネソーヴィニヨンで何かある?」と品種で言うとか、もう「リスト見せて下さい」が1番自然じゃないか?とか、フランス人のお客様がフランス語で話しかけてるのに、こらソムリエ、何故日本語で返事するのだ!と突っ込みの同時多発テロが起こった。
あ、でも、これも私がワインを多少知ってる故の斜めからの目線なのかもしれない、とまた反省したのであるが。

カベルネソーヴィニヨンよりも酸やタンニンが強くない、芳醇でまろやかと言われるメルローは大好きな品種の一つ。
その人をワインに例えるなら?となった時に、自分がメルローに例えられたなら、とても嬉しい。
でも今のところ、土壌や気候によって全く表情の変わるシャルドネなのかもしれない。人に影響されやすい。シャルドネはそれが魅力で強みだけれど、大人として流されてばかりいないで、きちんと自分の軸を立てたい。
(ワイン好きの先輩が、お付き合いする相手によって服やメイクがガラッと変わる後輩を「あのシャルドネ」と言い放ったパワーワードは一生忘れない。なんてオシャレな悪口!と感心しつつ「本人が楽しんでるなら、それは素敵なことだと思います」と言えなかった反省含め。)

お酒が大好き、その場が大好きなので、あーだこーだ言わずに美味しい!とか濃い!とか言いながら楽しく飲める。
だからこそ、美味しいお酒に出会う機会も多い。
映画にもそんな風に素直に接していこうと、一度だけ飲んだことのある『桔梗ヶ原メルロー』を思い出しながら決めた。
むぅ

むぅ