せーじ

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のせーじのレビュー・感想・評価

4.1
319本目。
■はじめに
今回から、毎回できるかどうかは分からないですが「シネマルーレット」という方法を使ってレビューを書いてみることにしました。詳しいルールはコメント欄に書いておきます。また「シネマルーレット」で選んだ作品は、ハッシュタグをつけていきたいと思います。
ということで、1回目の作品はこちら。いってみよー




…ふう、なるほど…
エンタメ的でベタな部分が足を引っ張っているように見えなくもないですが、基本的にはアツく誠実に作られている作品だと思いました。
ちょっと羨ましいなと思ってしまいましたね。

■市井に生きる庶民がその事実に葛藤し、目覚めるまで
この作品のいちばんの見どころは、間違いなくここだと思います。主人公は本当にしょうもない、なんなら利己的で小ズルいおっさんなのですが、そんな彼が「事実」に触れてからの「変遷」がとても丁寧に、説得力のある描き方で描かれていたのが印象的でした。「"このこと"を知らない状態で日々を生きてきた」というのは、翻すとそれは今を生きる我々一人一人にも通ずることであり、だからこそ主人公と同じように知っていくことで主人公と同じように心を動かされていくことが出来るようにこの作品自体が計算し尽くされていたということなのですよね。その「事実の見せ方」や「考えさせ方」が、粗雑だったり唐突な形などではなく、とても上手く積み上げられていたように思います。
そして、その「事実」を目の当たりにしたところで、主人公はどうするのかというと、「葛藤」をしていくのですよね。この「葛藤」の描き方が、映画の序盤から周到に用意され、その後の展開で効果的に投げかけられてくる訳です。これが抜群に上手いなと自分は思いました。特に個人的に刺さったのは"脱出後"の「おにぎり」の使い方ですよね…。一介の庶民が、使命感を持って立ち上がろうとするまでの姿が丁寧に描かれていて、それがとても感動的で、胸が熱くなりました。この部分は明らかにこの作品の美点だと思います。

■史実とかけ離れた設定と展開にノレるか問題
ただし、鑑賞をした後に色々な解説を読んでみたりしたのですが、この作品は「実際の出来事を元に着想した」という断りがあるように、史実とはかなり色々と異なっています。例えばそれは「実際の主人公にあたる人物は、あのように小ズルく立ち回る人ではない」ということだったり「記者は本当は3回光州の街を出入りしていた」ということもそうですし「市民側も武装をしていて、軍と銃撃戦を繰り広げた」ということもあったのだそうです。もっとわかり易いところでは「当時のドイツは東西に分かれていて、韓国の人々は北朝鮮と対立している関係上、そういったことに敏感であるはずのに、スルーされている」ことだったり、「当時の韓国軍は在韓米軍の指揮下にあったはずなのに、この作品では在韓米軍の存在と責任を完全にオミットしている」というのもそうですよね。「そもそもあんなカーチェイスなんて無い」ということもそうなのですが、どうも作り手は「伝わりやすさ」を重視するがあまり、史実を忠実に描くというよりかはエンタメ方向に演出を振り切ってしまったようなのですよね。その判断やその描きかたの程度が、映画としてどのあたりまで許されるのかは、議論が分かれるところなのではないかなと思います。ここでは詳しくは書きませんが、今挙げた史実の問題の他にも主人公の立場だったり、主人公と記者との関わり方などにも手を入れてしまっているのは、正直どうなのかな…と自分は思ってしまいました。
やはり、悲劇的な史実を映画作品として取り扱う上では、どういうスタンスで描くべきなのかを、キチンと筋を通すべきなのではないかなと思ってしまいます。そういうものと切り離してひとつの映画作品として見ると、ベタな部分が多いとはいえ、きちんと自分たちの国の出来事を見据えて描いている様に見えるだけにそこはとても惜しいですよね。これは自分自身が日頃使っている言葉で例えるとすると「映画は世界を知ることが出来る窓」であっても、「窓から覗いただけで世界を観た気にならない方がいい」ということなのかもしれません。

※※

ということで、一言で言うと「アツい」映画だったなと思います。
色々と問題点がある作品なのかもしれないですが、こういう題材の映画を一線の俳優を主役に据えて堂々と作ることが出来て、しかもきっちりとヒットさせてしまうという韓国の映画界が、改めて羨ましくなりました。
まだ観てない方は是非是非。そしてご覧になられた後は、様々な解説を読んでこの事件のことを知っていくことをおすすめしたいです。
せーじ

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