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タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のumisodachiのレビュー・感想・評価

4.3
光州事件を取材し発信したドイツ人記者と、彼を送迎したタクシー運転手を描いた映画。実話を基にしており、韓国で大ヒットした作品だ。

民主化要求の動きが盛り上がった1980年、光州市では市民と警察・軍が衝突する事態に発展。多数の死傷者が出る無政府状態へと陥り、厳戒態勢が敷かれていた。日本でジャーナリストとして活動していたドイツ人記者ピーターは、光州で何かが起きているという情報を得て、光州への潜入取材を試みる。

ソウル市内でタクシー運転手として働いていたシングルファザーのマンソプは、ピーターが多額の報酬でタクシーをチャーターしたことを聞き、先回りしてピーターを乗せることに成功。機転を利かせて検問を突破したものの、光州市内は想像を絶する状況に陥っていた。11歳になる娘のために早くソウルに帰りたいマンソプだったが、武力衝突に巻き込まれてしまい……。

これは……ビジュアルの爽やかさからは想像もつかないハードな作品だった。光州市内に広がる、目を覆いたくなる光景。封鎖され情報が遮断された絶望的な状況。冒頭に映し出される、とぼけたタクシー運転手を演じるソン・ガンホの鼻歌からの落差たるや。ここまで緩急がある映画も珍しい。

観客は、問題意識を全く持っていなかったタクシー運転手マンソプと、視点も感情も共有している。検問を突破して光州市内に入った途端に消える人の気配。トラックにギュウギュウに乗り込んでいる学生たち。無差別に攻撃してくる軍や警察。状況が把握できずに混乱し、一刻も早くピーターを連れて脱出したいと思うマンソプに共感しない者はいないだろう。

この作品で描かれている恐怖は、妙にリアルだ。俯瞰の描写がなく、あくまでもマンソプが目で見て、耳で聞いたものしか映し出されないため、全体の状況が全く把握できない。しかし、容赦なく発砲する軍を目にし、光州市民と会話していくうちに、マンソプも我々も段々と理解していく。ソウルから大して離れていないこの街に、地獄が広がっているということを。

『ザ・キング』 でマフィアの若頭を演じていたリュ・ジュンヨルが扮する、英語が得意な大学生ジェシク。『ザ・キング』のときと同じ人物とはとても思えないほどイメージが違うのだが、このジェシクという賢くて気の良い好青年が、非常に印象的だった。マンソプ、ピーター、ジェシクのユーモア溢れるやりとりと、彼らを取り巻く状況の凄まじさ。下手すればソン・ガンホの存在感が全てを食ってしまいそうな中で、リュ・ジュンヨルが果たした役割は大きい。名優たちに一歩も引けを取らない名演で、光州事件で傷ついた市民はどういった人々で、どういった思いを抱えて、どういった運命を辿ったのかを突き付けてくる。

それにしても、韓国映画はなぜこうも面白いのか。本作に限って言えば、「面白い」という評判は不適切かもしれないが、面白いのだ。笑い、胸を痛め、手に汗握り、深く感動してしまう。想定していた枠を軽々と超えてきて、圧倒される。そして、鑑賞するのに負荷がかかるこういった作品が大ヒットすることも、単純に凄いと思う。同じタイミングで観た某邦画がゲンナリする出来だっただけに、羨ましくなってしまった。

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