カツマ

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のカツマのレビュー・感想・評価

4.2
名も知れぬ英雄がいた。彼は子供を愛する普通の父親、日銭を稼ぐのに必死な、どこにでもいるタクシー運転手。だが、彼がいなければ悲劇からの脱出も無かった。暴力への一矢が放たれることもきっと無かった。歴史にその名を残すことはなくとも、確かに彼は奇跡のようなドラマの主役であり、誰よりも強い戦士であった。

1980年、韓国の光州市で実際に起きた民衆蜂起事件(通称光州事件)を題材に、暴走する軍隊へとそのカメラで立ち向かったドイツ人記者と、彼と行動を共にしたタクシー運転手の交流を描いた迫真のドラマである。光州事件の死者は150人以上とも言われるが、実際の死者数は未だに不透明なまま。そんな韓国屈指の悲劇的な事件の真実へと肉薄した、という意味でも今作には大きな歴史的な意義があった。

〜あらすじ〜

ソウルにて、娘と二人暮らしのタクシー運転手キム・マンソプは、家賃も払えないくらいお金に困っていて、娘を養うためにもギリギリの生活を送っていた。そんな折、とある外国人客を光州まで乗せれば10万ウォンを受け取れる、という話を小耳に挟んだキムは、まんまと外国人客を乗せることに成功し、光州までスイスイとタクシーを走らせる。
ピーターと名乗る外国人客はカメラのようなものを携帯しており、光州へ行く目的も不明。しかも光州に辿り着くとどういうわけか検問に捕まってしまい、市内に入ることも出来ない。それでもピーターから懇願され、キムは軍隊の検問を何とか潜り抜け、二人は光州へと到着。だが、そこで見たのは我が物顏で闊歩する軍隊と、軍隊に立ち向かい傷つく光州市民の姿だった・・。

〜見どころと感想〜

ソウルに住んでいたキムに届いてこないほど、完全に密閉された光州市内の軍隊による横暴。それは民主主義が崩壊した世界であり、そこに立ち向かう戦士たちによる孤独な戦いであった。軍隊は躊躇なく発砲し、惨たらしいほどに人は倒れ、もはや正義など残っていないかのようにすら見えた。そこに射した一筋の剣としての報道の力。そしてそのために奔走したタクシー運転手による勇気ある行動。一縷の希望を掴むため、戦い抜いた姿がこうして映像として残されたこと自体が類稀なる快挙であった。

主演は韓国の名優ソン・ガンホ。基本的に彼が主演を張る映画はその年の韓国映画の代表格となりやすく、『パラサイト』しかり彼の出演作は興行と評価の両面で高い水準に達していることがとても多い。彼と対となるドイツ人記者役には『戦場のピアニスト』や『スターリングラード』などの出演歴を持つトーマス・クレッチマンを起用。名優二人の演技は強い説得力で迫り、今作のグレードを大きく引き上げることに貢献している。

ドイツ人記者ピーターのモデルとなっているのは、実際に光州事件を報道した記者ユルゲン・ヒンツペーター。彼の命を賭けた偉業により成し遂げれた光州の民主化の一端。そこには非業の記憶があり、そして決して風化させてはならない悲しみの傷跡が残されている。この映画はそんな重苦しいほどの歴史を感動大作というエンターテインメントへとアレンジすることで、多くの人へと伝えるという役割を全うした稀有な作品でした。

〜あとがき〜

2017年の韓国を代表する今作品をようやく鑑賞できました!韓国の歴史を学ぶという意味でも、感動ドラマとしても志向の出来となっていて、更には問題提起的な作品としても機能する、という特大のウルトラCを実現していますね。

韓国映画はその歴史の闇にクッキリと跡がつくほどスポットライトを当て、容赦ないほど自国の猛省を促す作品を世に送り出してきています。これこそが映画として発信することの一つの意味であり、大きな意義でもあるのだな、ということを如実に感じることができました。
カツマ

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