ニッポンの教育 挑む 第二部の作品情報・感想・評価

ニッポンの教育 挑む 第二部2017年製作の映画)

上映日:2017年12月16日

製作国:

上映時間:114分

4.2

あらすじ

「ニッポンの教育 挑む 第二部」に投稿された感想・評価

ps

psの感想・評価

3.8
業界では著名な菊池先生について予備知識ゼロだったけれど、今後も職業的になにかと関わることは多いであろう教育分野の実践に興味があったので、鑑賞。以下印象的だったことメモ。

・菊池先生曰く「自分や自分たちの考え方や行動や考えをプラスに導く言葉」である「価値語」を学級に掲げ、教科教育の最中にも、あれだけ黒板に書いたり口頭で伝えたりして、言葉で強調しているスタイルは斬新だった。印象的だった価値語「一人が美しい」。学校なのに?学校だから?群れないことを肯定するのは新鮮。
・アクティブラーニングの実践、面白そうだった!話し合いの姿勢、目線や声かけのあり方など、社会的技能についても綿密なフォローがなされていて、アクティブラーニングが成立するために必要とされる基礎的なコミュ力を育む工夫もなされていた。だからか、子どもたちの非言語的そして言語的なコミュニケーション能力が高い印象。
・何より行政がこれだけ教育をバックアップしているのにも驚き。
・菊池先生はじめ教師たちが、学び成長し続ける姿勢には刺激を受けた。同じく対人援助職(になる予定の者)として肝に銘じたい。
・自分自身が今後、職業としてどう活かせるか、自分だったらどうするかを、考えながら鑑賞できたのは、貴重だった。心理職としては、一対一が主たるスタイルになるだろうけれど、やっぱり集団っていいなと思った。「ほめ言葉のシャワー」の実践を観ていても、子どもたちは友達の言葉が一番響くだろうしなあ。

ドキュメンタリー映画としての完成度はともかく、楽しめた!子どもたちの成長には涙ぐんだし、菊池先生は人として教師として魅力的だった。
教師志望の人と観たので、映画終わった後にあーだこーだ言い合うの、楽しかったな。第一部もあるらしいので、機会があったら観たいなあ。
教育に携わる者として、評価の良いこの映画を見ておこうと、軽い気持ちで見たのだけれど。。。

ずっと、やられっぱなしでした。涙も何度も流れました。

教科書に沿って教えるのが、確かに一番簡単なんです。でも、それじゃ、学習者は、ついてこないんです。教務室で、問題のある生徒とレッテルを貼られてしまう子も、出てきてしまうんです。

私も普段の授業で、ゲーム的要素も交えたりしつつ、なるべく楽しくを心掛けてやってはいましたが、どうしても単調な教え方になってしまう部分も多々。

これでは、ダメだなと感じていたときだったので、余計に菊池先生の授業のテンポの良さと、誉め言葉のシャワーを目の当たりにして、本当にすごかったです。

どんな子供に対しても見捨てずに、逆に今まで手がかかると言われていた子を、目を輝かせながら授業を受けるようにまで変えていく様子をみたとき、感動で涙が止まりませんでした。

問題のある生徒は、教える側の力不足を教えてくれているというような菊池先生の言葉に、はっとしました。

一人一人をちゃんと誉めてあげて、クラスの皆が認めあえる、そんなクラスを目指して、私も少しずつ、頑張っていきたいと思いました。

子供たち一人一人が輝けるように、教師が、教え方が変われば、日本の未来を変えられると、本当に思わせてくれた、素晴らしい先生でした。
暑苦しい映画。しかし、「アクティブラーニング」の現場の一例を見る記録映画として、とても良い。
peasuke

peasukeの感想・評価

5.0
大空小学校の校長先生もそうだけど、教育のプロフェッショナルの考え方はとっても柔軟。目の前の子どもたちの現実に向き合ってる。面白くないこともどうやったら面白く教えられるか。常に考えたいし、ダイナミックな学び合いも怖がらずに、挑戦したい。そして教師自身が、子どもの良いところを見つけ、学級のよりよい行動として、言葉で価値付けていくことも素敵に感じた。

知的で、無邪気で、ほがらかな楽しいクラスを創るのは、現実問題、そう簡単なもんじゃない。褒め言葉のシャワーを毎日40人するにはべらぼうに時間がかかるし、やっぱり教えるべきところは教え込む必要もあると思う。菊池先生だからできることもあるとも思う。

それでも、頑張らなきゃいけないなってこの映画を観て強く思った。

大人が変われば、子どもも変わる。成長しているクラスは子どもたちが素直。

素直に、謙虚に。共に成長していける大人でいたい。2018年、はじめの映画がこの映画で良かったな。

2018.01.04
あゆみ

あゆみの感想・評価

4.3
作品としての完成度はひとまず置いておき、とにかくこの撮影を受け入れてくれた学校と保護者、何より菊地先生が偉大すぎる。
私も教育こそが国の力になると本気で信じているし、それを実践し、変わりゆく現場があることに胸が熱くなった。
「こどもたちを育てる」のではなく、「ひとりの人を育てる」という意識。そして、上から教育するのではなく、共に成長していこうという姿勢。
人との関わり方、コミュニケーションの取り方という意味で、教育従事者だけではなく、すべての人が学ぶところのある映画だと思う。

毎日、放課後に、一人の生徒の素敵なところをクラス全員が発表していく「誉め言葉のシャワー」を見ていると、未来への希望が溢れていて涙が出た。
自尊心、自己肯定感を養うことが、この先の人生においてどれだけ大切か。
多くの人に、自分の存在を、自分の価値を認めてもらったという経験が、他者の多様性を受け入れる人格を作り、認め合える社会に繋がっていく。

「一人が美しい」「一人も見捨てない」というキーワードも素晴らしかった。
同調圧力に屈せず、個人の意志を持つこと。他者の目を気にせず行動できる姿は美しいよねと誉める一方で、一人(独り)は作らない。
立ち歩きがひどく、クラス内で浮いている生徒には、その子にあった教育ができていないのだと、教員の責任として考える。
菊地先生が行ったのは、興味関心を引き出すゲーム形式、それも対話が生まれるチーム戦の授業。
全く席に座らず窓際でごろごろしていた児童が、チョークがバトン代りのリレーだと、一生懸命、チーム員と共に黒板に答えを書き込んでいた。

できない、やらないこどもだと決めつけ、その子の可能性を奪うのは簡単だ。
でも、辛抱強く工夫を凝らし、真摯に向き合えば、自分の想像も超えるような感動と学びを得られる。それが「教育」なんだ。

「自分を超える人を育てることが教育。自分が成長しなければ、こどもの成長も止まってしまう。常に学び、共に成長し続ければ、学校から社会は変わっていく」

感動のあまり走り書きになってしまった。
どこに生まれても、すべてのこどもたちが未来に希望を抱けるような教育を受けられますように。
国の予算が教育に注ぎ込まれる社会になりますように。私も学び、行動しなければ。
会社員

会社員の感想・評価

5.0
元小学校教師による、地方における教育改革の挑戦を追った、渾身のドキュメンタリー。


菊池省三先生については、NHK番組『プロフェッショナル~仕事の流儀~』でご存じの方も多いと思われる。私自身は業界関係者ではないものの、彼のファンの一人である。
権威主義的なこれまでの教育観を徹底的に否定し、生徒の自主性を重んじる姿勢は番組を機に大きな反響を呼んだ。退職後、高知県のとある町・いの町の教育特使として招かれ、彼のメソッドを実践する模様を描いたのが、今回の作品である。第二段であるが、前作は未鑑賞。

彼のメソッドの特徴的な実践の一つが、「ほめ言葉のシャワー」と呼ばれるもの。毎日日替わりで一人の生徒が前に立ち、全員が順番にその人の良いところを発表する。褒められる生徒は自らの良い点を意識し、褒める側も他人と自分を比較して、双方が自分らしさを獲得し成長し合う、極めて単純にも関わらず画期的な取り組みである。
現場を担う教師陣はそうした菊池メソッドに惚れ込み、各々の教室でそれを取り入れ、菊池道場という定期的な勉強会、セミナーを通じて磨きをかけていく。


まさに現場からの、下からの改革が行政を巻き込んだ例であるが、作中で何度も行われる菊池先生の授業を見れば一目で納得することになる。従来の教育現場では、カリキュラムをこなす知識偏重・一斉授業のスタイルが主であり、生徒は大人しく席に座っていることを強要されていた。
しかし彼はもっと体を動かすダイナミックな授業形態を取る。そして何より、どんな些細なことでも必ず褒める。文字通りの対話型の授業は、生徒の心の障壁をあっという間に取り除き、教室には笑顔が溢れる。

特に印象的だったのは、授業を聞かず歩き回り寝そべり、先生からも半ば見放されたような、典型的な問題児だった。菊池先生はこう言う。彼には彼の学びのあり方があり、それを見つけてほしいと我々教師に訴えているのだ、と。
現に、あれほどの問題児でありながら、菊池先生の授業の最中は目を輝かせて主体的に参加するようになり、その過程がリアルで感動的であった。


本作のテーマでもあるのが、教育観の変革である。いくら上記のような成功例を目にしても、長年教壇に立つ教師の方々にとって、自身のスタイルを変革することは並大抵のことではない。しかし菊池道場に集まるのは、若い教師だけではなく、ベテランの先生方も多くいる。それは即ち、今の教育現場に対する悩みは万人が抱えるものであり、何かしら変えたい、成長したいという思いを皆が抱えているということの現れである。
菊池メソッドはそうした教師達にとって、取り入れやすくアレンジしやすいものとなっていることが、支持が広がった要因だろう。教師が変わることで生徒も変わり、クラス全体が成長していく様子が目に見える形で示されている。

日本の教育に対する悲観的な声は昔からあり、従来はトップダウンの改革しかなされず、苦しんできたのは常に現場であった。現在はカリスマ教師の草の根的な運動に過ぎないが、必ずこうした動きは広がりを見せていくに違いない。いの町から高知県へ、そして全国に派生し、日本の教育界がより良くなっていくことを願う。
上映館が限られていることが残念でならない。
いじめ・不登校問題でニッポンの教育は崩壊しつつある現状で、今までなら、手を組むことがなかった一般行政と教育行政、地域と学校が教育の根本を本気で変えるための闘いであり、それが「共育」である。
その共育に挑戦した日々の記録はこれからの共育を考える上で不可欠である。