銀色のファクシミリ

響 -HIBIKI-の銀色のファクシミリのネタバレレビュー・内容・結末

響 -HIBIKI-(2018年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

『#響 -#HIBIKI-』 (2018/日)
劇場にて。原作未読で観賞、鑑賞後に原作を購読。原作漫画の第1話から第44話までの映像化。

感想。天才的な文才をもつ高校生・鮎喰響が初めて世に出した作品『お伽の庭』が文学界に影響を拡げていく様を縦軸、才能はあるが社会性がまるでない彼女に、周囲の人々がどう対応していくのかを横軸にしている。

全ての原作つき映画は、原作のどこをオミットするのかは永遠の課題。しかしこの作品では、単なる削除ではなく原作の主旨を反映させつつ、映画としての主題を明らかにする明確な意図を持って再構成。一本の映画として魅力を増すことに成功している。素晴らしい脚色力。

学校でのエピソードは文芸部長リカを中心に再構成。原作では響本人を含めて「内面の声」が描かれるシーンが多いが、映画では全カット。「内面の声」が多いリカ役の負担は増えるけど、これはアヤカ・ウィルソンさんの微妙な表情の変化で語る好演で解決。作品MVP級の活躍。

響の異質感が作品の魅力だから、響本人の「内面の声」もなくしたのも好改変。また鮎喰響の暴力シーンのオミットも明確な意図をもってされている。明確な意図とは「響の暴力は、反撃のために行われる」という変更。自分が脅された時、友人がいじめられている時。原作のそうでない暴力シーンはオミットされ、響の暴力行為の「一応の」説明をつけている。

また好きな作品の著者に駆け寄り、ほめて握手を求めるシーンで、彼女の個性をうまく表現。敬称をつけずに作者名を呼び捨てで告げるのは社会性のなさゆえ。しかし面白い作品の作者を見つけると、すぐに駆け寄ることができるのは、著者近影を見て覚えているから。これは彼女が、本以外興味のない人間嫌いではなく、ちゃんと他者に敬意を表すことができる本質がある(サイコパスなんかではなく)ことを示している好シーン。エキセントリックな響というキャラから観客の心を離さない工夫があちこちにある。

彼女の本質はあるシーンに反映されている。中盤にリカが「もう書けない」と漏らし、それを聞いた響は黙って立ち去る。響が小説にしか興味がなければ、ここで二人の関係はオシマイ。しかし響は後日、リカを動物園に誘い和解します。ふたたび小説を書くことを告げるリカへ、響は「おかえり」の言葉をかけ、安堵まじりの、はにかみの笑顔を向けます。親友との関係を修復できた喜び。響になりきった平手さんの好演技シーンでもあり。

鮎喰響、芥川賞、直木賞に関わる多くの作家エピソードは、芥川賞のノミネート作家、山本春平に集約。山本役の小栗旬さんは出番は少ないものの、響の対極として「持たざる者の悲哀」を演技で語る重要な役をこなしています。特にクライマックスの響と山本の踏切での出会いのシーン。「「10年やって駄作しか生み出せなかった。もう疲れた」と嘆く山本。中盤の、書店の棚に一冊しか置かれていない自分の新作を無言で手に取るシーンは心をうつ。人生に絶望した山本に、響は言い放つ。「10年やってたら、あなたの小説を面白いと思った人はいるわけでしょ」「駄作とか、人が面白いと思った小説に、作者の分際でなにケチつけてんの」

作者の自己評価と、読者の評価は別。持たざる者にも読者の評価という救いがある。響は小説評価の考え方を述べているだけだけど、山本の、持たざる者への救済シーン。天才の礼賛に終わらない、この映画の主題。映画版の深み。漫画原作、アイドル初主演というバイアスで、一本の映画として正しく評価されないのはもったいない。原作を咀嚼し、細かいブラッシュアップをして構成された優れた作品。感想オシマイ。

追記。原作から改変された印象的なシーンについて。新人作家田中(柳楽優弥)との駅での対決。原作では、電車に乗ってからの対決だけど、映画では駅ホームに。田中の背後に立つ響、ホームに入ってくる電車。「突き落としかねない。この子ならやりかねない」と、田中にも観客にも緊張感を与え、二人の和解? に説得力をもたせる好改変。時間も予算も節約して、シーンの効果はアップ。いいことずくめ。

細かい箇所では、木蓮新人賞の待機室で、響が審査員作家たちに握手を求めるシーン。響が作家を呼び捨てにすると、編集者ふみが「先生をつけなさい」「すいません」と後ろから声をかける。このセリフ、原作にはなし。ついでに小説版でもなし。響の保護者ポジジョン、加えて木蓮編集者のふみですから、このセリフはあって当然で、むしろないとおかしい。観客のかわりにツッコミを入れている効果があり、また響にヘイトをためない効果もあり。アドリブか台本かはわからないけど、よき作りこみを感じたシーン。響と深く関わる3人の人物造形の厚み。我が身の非才を嘆きながらも、友として歩む道を選ぶリカ。異才を守ろうと肉親より保護者として振る舞う編集者の文。人生を賭けた賞選考に破れながら、響に生き方を救われる山本。実写化かくあるべしな、登場人物への血の通わせ方が見事。追記もオシマイ。