河豚川ポンズ

バイスの河豚川ポンズのレビュー・感想・評価

バイス(2018年製作の映画)
3.5
能ある鷹は爪を隠すを地で行った男の映画。
これを観て確信したけど、たぶん自分は監督のアダム・マッケイの映画がとにかく合わないんだろうな。

60年代、同級生で恋人のリン(エイミー・アダムス)の助力もあって名門イェール大学に進学したディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)だったが、ケンカと酒浸りの毎日で間もなく退学を言い渡される。
リンと結婚したものの、現場作業員として働き続ける生活には一抹の不安があった。
それでも酒浸りの生活は変わらず、ついに飲酒運転で捕まったことでリンはチェイニーを𠮟責し、立派な人間に生まれ変わることを約束するのだった。
数年後、チェイニーは一念発起し、連邦議会のインターンに参加することになる。
そこで彼は下院議員のドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)と出会い、彼の魅力と才能に惹かれて、彼の下で学び働くことを決意する。
そして彼はそれを足掛かりに、共和党内での地位を確立していくのだった。


一応テイストはコメディだけど、とにかく説教臭いというか、わりかしシリアスなトーンが続く。
おそらく笑うべきであろうシーンも何というか感性が違うのか何なのか、あんまり笑えなかった。
周りもそこまで笑っているようにも見えなかったし、いかにも海外のコメディ映画って感じ。
たぶんこういうのが好きな人にはたまらないんだろうけど、おおよそ大半の日本人には共感できなさそうな笑いだった。
じゃあアカデミー賞8部門もノミネートされたのはなんでだよとなると、それは本編中でも自嘲していたように、いわゆる“リベラル”寄りな映画だったからだろう。
そんな映画がハリウッドでウケないわけがない、他の国ではどうかは知らないけど。
でも俳優陣の演技はどれもトップクラスなので、そのあたりは贔屓目なしに見どころだ。

思想の左右は抜きにして、題材となったディック・チェイニーという人間が果たしてよく出来た人物かと聞かれると、さすがに自分もそれはないと思う。
なんやかんやで疑似的な傀儡政権を自分の手で作り上げたようなものだし、9.11の報復とはいえ完全な見切り発車でイラク戦争へと突き進めた張本人なわけだから、まあ善人とは言い難い。
その過程はこの映画の中でも描かれるけど、正直自分が一番知りたかったのは彼が何を思ってそうしたのかだったんだけど、基本的にそういった描写に時間が割かれることはあまりなかったように思う。
そもそもチェイニーが秘密主義だからそんなところは本人以外に知りようがないんだけど、それでも一番のブラックボックスである人の心境や秘める信念、深意を見せなければ物語である意味がない。
事実の羅列なら歴史の教科書で十分なんだしね。
政治への無関心というものの恐ろしさを描くというのなら分かるけど。
ご本人がまだご存命な分、思い切ったことが出来ないのか。
それならいっそ訴えられるくらいまでめちゃくちゃにやってもらった方がたぶんもっと笑えただろうに。

さっきも書いたようにキャスト陣は申し分ない演技。
ジョージ・W・ブッシュを演じるサム・ロックウェルなんかはもうそっくりすぎて、逆にサム・ロックウェルなのかどうかすら分からなくなる。
でもやはり一番目を惹くのは主演のクリスチャン・ベール。
相変わらず役作りに命をかけているようで、今回も大幅な増量でチェイニーそっくりな風体に。
でもやっぱり仕草とか目とかはクリスチャン・ベールらしさがある。
特殊メイクでやってた「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」のゲイリー・オールドマンは全く別人だったけど、それに迫る勢いでの変身を自力でやるのだから、やはりクリスチャン・ベールはまさに役者の鑑ですね。