カツマ

希望の灯りのカツマのレビュー・感想・評価

希望の灯り(2018年製作の映画)
4.2
何も無さそうないつもの夜に明かりが灯る。それは優しさにも似た温もり、チカチカと点滅しては掠めるように横顔を照らす。この映画は孤独のように静かなのに、決して一人にさせない魅力があった。誰もがクラシック音楽のような響きを持って生きていて、日常のようなドラマチックを積み重ねてる。そう、心の底に決して見えない宵闇を抱えていると知りながら。

この映画を見て、アキ・カウリスマキの諸作が強烈にフラッシュバックした。市井の人々にスポットライトを当て、ミニチュア化された毎日に少しのドラマを植え付ける。その片隅で出会った誰かに愛を感じ、ほろ苦い日々に悲しみの果実が実りそれを頬張る。でも、それが人生。それは誰かの物語であり、我々普通人のための物語でもあった。悲しみはさざ波のように押し寄せるけれど、我々はその足音に気付かない。

〜あらすじ〜

舞台は東西ドイツ統合後の旧東ドイツにあるスーパーマーケット。そこに新人として採用されたクリスティアンは無口だが誠実な人柄で、上司であるブルーノともマイペースな関係を築いていた。スーパーマーケット内の規則は緩く、禁煙なのにタバコは吸うし、ブルーノは勤務中に仲間とチェスに興じたりしていた。そんなほのぼのとしたマーケット内でクリスティアンは歳上の魅力的な女性マリオンと出会う。マリオンはクリスティアンを新人君と呼び、凪ぐことのない彼の心にさざ波を立てた。だが、マリオンは結婚しており、それを知ったクリスティアンは仕事が手につかなくなってしまい・・。

〜見どころと感想〜

旧東ドイツを舞台にスーパーマーケット内で働くごくごく普通の人々を主役にしたスローライフ感漂うドイツ映画である。東西ドイツ統合後にその生活が少しずつ暗幕の中へと隠れていった人々の、どこか諦めにも似た郷愁がしみじみとした哀愁を誘う。それでも毎日のページをめくる人々の姿は皆明るくて、淡々と優しいものだった。戦後の東ドイツ、ではなく統合後の旧東ドイツで生活を一変させられた人々のその後をテーマとして扱っている珍しい作品だった。

主演のフランツ・ロゴフスキは『未来を乗り換えた男』の主演でもインパクトを残した現ドイツ映画の注目株で、今作ではドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞している。また、マリオン役のサンドラ・フラーはあの『ありがとう、トニ・エルドマン』で娘役を担っていた彼女であり、二人の演技の画面への溶け込み具合がより一層物語の日常性を強めてくれていた。

カウリスマキ臭漂うスローな展開、抑揚の少ない人々、でもそれぞれに優しい心。カットも何だかのんびりしていて、そのせいかフォークリフトで飲料類を上げ下げするシーンがやたらと緊張した(笑)
クラシック音楽がエレガントに彩る普通の人たちによる優しいドラマ。その果てにある大いなる悲しみを抱きしめて、きっとこの物語はエンドロールの後にも淡々とした日々を刻むのだろう。

〜あとがき〜

今年のドイツ映画祭でも公開された今作は非常にミニシアターっぽい作品で、自分の好みのど真ん中を射抜いてくれました。正にカウリスマキの世界観なので、トーマス・ステューバー監督には彼の遺伝子が流れ込んでいるのを感じましたね。
もちろんカウリスマキ作品が好きな方、スローなドラマが好きな方に熱烈にオススメしたい作品です。

時代に翻弄されてその人生に暗い影を感じながらも生きていく人々。この映画は優しいだけではないけれど、悲しみもまた人生の主役になってしまうこともある。それでもなおダラダラと笑いながら生きていこう。愛する人を見つけ、叶わなくても愛することは生きていく理由になるはずなのだと願いながら。
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