ーcoyolyー

ビリーブ 未来への大逆転のーcoyolyーのレビュー・感想・評価

ビリーブ 未来への大逆転(2018年製作の映画)
5.0
よくできた人の話をよくできた映画で描いている非常な良作。
脚本で情報が良く整理されていて、カメラワークや編集も無駄なことはせずさらっと見せるべきものを見せるべきタイミングで、特に重要なものは押し付けがましく強調しないのにちゃんと印象に残りやすいように仕上げている。
実はものすごい情報量のはずなのに見てきて混乱しない。伝えるべきものを最低限の言葉で凝縮してそれがちゃんと頭に引っかかって残って複線回収の時に取り出しやすくなっている親切で丁寧な仕事っぷり、とても優しくてルース・ギンズバーグという人もこういう女性なんだとよくわかる。

この映画、女性としての悔しさの描写の匙加減も絶妙で、本当に苦しいこと沢山あるんだけどそこでのルサンチマンが滲み過ぎないうちに次の話題に移るようになっていて、恨み言はあるんだけどそれに固着しすぎないから断罪される側もそこまで居心地悪くならないだろうなと思った。

大変に優秀なのに柔軟で目上目下関わらず他人の意見をしっかり受け止めてそれに理があるなら取り入れられる人は男女問わず少ないので、彼女が特別なことがよくわかる。女性でも優秀なあまり周囲を見下して目下の人間の声など拾い上げない人たくさんいますから、これ性別の問題じゃないです。ルースが単にそういう気質だったというだけ。

性差別のために戦った弁護士の女性、弁護士として事務所に職を得られずに大学教授となった女性、その大学教授の娘の女性。この全員優秀な三世代揃い踏みで、それぞれの世代の育った時代の空気が違ったために生まれた意識の違いの見せ方とても強く印象に残った。

自分たちを馬鹿にしてくる男性の声を「無視しろ」と指示する母、「言い返せ!怒れ!」と従わない娘。ここで娘の姿に感銘を受けるルースを見て泣きそうだった。

性差別だけではない、すべての差別において戦う人間は自分のためというより未来のために戦う。(少なくともある程度の歳を取ってからの)差別と戦う人間は、未来の人々にこんな思いをさせたくないし、かつて「今の自分」という未来のために戦った人々が託してくれたバトンを引き継いでいるし、引き継がなければならない、と思うからだ。

娘という未来が怒って言い返したあのシーンで、ルースが戦うものが明確に見えたのとても良かったです。娘は親の力だけで未来として成長するのではない、時代の空気にも揉まれて自分を作り上げてゆく。本人にはそれは今だけど、親から見るとそれは未来だ。母親一人で背負い込んで娘がその人間性を育んでいくわけではないのだ、母親の預かり知らないところでいつの間にか母親とは違う感性を育んでいた娘を柔軟に受け止める姿勢、あそこで押さえつけずに彼女は彼女で自分とは違う、と悟り肯定する姿勢。そこで彼女が自らの優秀さを鼻にかけない人間、老害にはならない人間だと示しているのが感動的だった。

優秀なのに、女性の中でもとりわけそう扱われないような小柄でかつ胸が大きく、まるで威厳がない小動物のような印象を与えるルックスであること、これは本当にハンデになる。そのことでどれだけ悔しい思いをしたか。私にはわかる。見た目の印象で侮られて毎晩泣いていたような十代二十代を過ごした私にはわかる。

私は理系がさっぱりなので同じタイプの非常な良作である「ドリーム」のNASAで働く優秀な黒人女性たちには、高校時代の理系の同級生を「すごい!」と憧れの目で見ていたような感じで少し距離があるのですが、ルースなら自分の心の中に置いて常に共に生きることが可能なような気がします。

こういう女性たちのお陰で少しずつ獲得できたものを意識せず当然として生きられる未来を私は生きてきたわけですが、それでも差別は今でも目の前に山積みになっているので、私より未来の女性たちがもっと生きやすくなるための戦いは続けていきたいと思いました。

でもこれあくまでも大変特別に優秀で外に向かって戦う余力がある例外的な女性の話なので、誰でもこういう戦いや生き方ができるわけではないので、「こんなこと自分にはできない…」と落ち込まなくてもいいし、ましてや外部から「ルースはできたんだから君もできるよ」的なこと気軽に言ってくるやついたら殺していいよ。それは表面的な理解でしかなくて善意の押し付けというか、人間の一番害悪な無意識の善意じゃない「善意」だから。そういう言い草が差別される側が最も戦わなければならないものだから。ルースが戦った声ってそれだから。ルースは特別に優秀すぎてはみ出してる人だからああ戦えただけだから、標準的な女性がそのまま真似できるわけじゃない。鼓舞されることはあっても同じ戦い方など他人から押し付けられても困るだけですし。私は私、あなたはあなたのやり方で生きていくことしかできないし、他人に自分の生き方を押しつけずその人の生き方を尊重したのがルースだということは把握してほしいです。

他人の言い分をしっかり聞いて良いところも悪いところも受け止める、これ、歳を取れば取るほど大切になってゆくし、判事として一番大切なことなんだろうなとも思います。彼女が最高裁判事になれたのは女性であってもそこで判事としての適性が認められたからだと思う。
ーcoyolyー

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