愛鳥家ハチ

ジュディ 虹の彼方にの愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

ジュディ 虹の彼方に(2019年製作の映画)
4.1
青山シアターのオンライン試写会にて鑑賞。ショービジネスの世界に翻弄されながらも、舞台の上に確かな居場所を見出した名優ジュディ・ガーランドの伝記映画。本作での演技が高く評価され、レネー・ゼルウィガーは第92回アカデミー賞主演女優賞を受賞。ステージ歌唱はもちろんのこと、何気ない表情や仕草にさえも涙腺を刺激され、世界トップレベルの感情表現の繊細さに感服した次第です。『ジョーカー』で同賞主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスと同様に、他ならぬ主演の演技が作品に"凄み"を与えていました。

ーー史実
 以下では、若干の私見と鑑賞前に知っておくことで作品理解が一層深まるであろう"史実"を記したいと思います。

ーー支配
 まず、ジュディ・ガーランドは、1939年の『オズの魔法使い』で主演のドロシー役に抜擢され、脚光を浴びることになりますが、現場では苛烈なハラスメントを受けていたとされています。映画会社の人間だけでなく、母親さえもジュディの容姿をけなし、彼女は生涯容姿のコンプレックスを克服できず、自己肯定感の低さから極度の緊張に苦しんだとのことです(注1)。また、ジュディのダンスも演技も実は一流だったにもかかわらず、映画会社の幹部たちは「どこにでもいる平凡なお前の魅力は歌だけだ」と刷り込んだといいます(注2)。こうした史実からも明らかですが、自己肯定感を徹底的に下げることで他の世界に飛び立てないようにし、支配下に置き続ける所業の悪辣さが際立ちます。

ーー薬物
 更には、ジュディのふくよかさを侮蔑した映画会社社長の言葉を、彼女の母親は、"売れるための進言"と受け止め、当時痩せ薬とされていた覚せい剤をスタジオ医師に言われるがまま娘に飲ませていました(注3)。ありのままの姿を否定し、薬漬けにしてまでも痩せさせようとする非道さは、今日的な倫理観では到底説明できませんが、実はこれに類する事象は今なお発生しているのかもしれません。

ーー消費者
 この点、観客に求められているのは、輝かしいショービジネスを即物的に"消費"するのではなく、背後の世界にも思いを致すことなのだと思います。新たなジュディを生まないための倫理規範は、業界内部の自浄作用によって構築されるべきなのは勿論ですが、業界外部の人々もまた、非倫理的な行いが発生しないよう鋭い眼差しを向け続けることが必要なのではないでしょうか。優れた子役が取り沙汰されるのは今日も同じであり、全く他人事とは言えないと思えるからです。

ーー虹の旗
 話は転じて、一般的に、性的マイノリティの方々の人権運動の象徴として"レインボーフラッグ"が用いられていますが、これについては、「50~60年代の同性愛社会の大スター、ジュディ・ガーランドと彼女が歌う『虹の彼方に』が『虹と同性愛』を結びつけた」のだとされています(注4)。ジュディ・ガーランドはゲイ男性に親近感をもっていたとのことですが、これは、「ゲイである父を罵った母と世間への怒り、そして父が本当に気を許してつるんだ仲間は男性だけだったからだ」と分析されることもあるそうで、「私が男だったらよかったのにって思ったこともあるわ。そうすれば本当の意味で父の仲間になれるから」との言葉も残されているようです(注5)。
 劇中にもゲイのカップルが登場しますが、こうした背景事情を知った上で本作を鑑賞すれば、情景描写をより立体的に理解することが出来るのではないでしょうか。ゲイであった父への想いが根底にあるだけでなく、ジュディ自身も広い意味での"マイノリティ"として生きてきたからこそ、性的マイノリティの方々への逆風が吹き荒れる当時にあってもなお、そうした方々に心を寄せることができたのだと想像します。ジュディの偉大さが改めて伝わってくるようでした。

ーー総評
 本作は、ジュディ・ガーランドの人生をレネー・ゼルウィガーの名演によって辿るもので、深い感動を味わえます。ただ、それにとどまらずショービジネスの暗い影を観客の眼前に突き付ける作品でもあり、映画を楽しむ自分自身の"観客としてのあり方"についても否が応にも考えさせられる大変奥行きのある映画でもありました。ぜひとも多くの方に観て頂きたい作品であるといえます。
 最後に、47歳という若さで虹の彼方へ旅立ったジュディ・ガーランドの魂の安らかなることを願いつつ、本作のレビューを終えたいと思います。

(注1) https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/g30696921/vol6-toxic-mother-judy-garland-abused-by-hollywood-industry-first-part-200130/ (2020/02/25閲覧)
(注2) 同上。
(注3) 同上。
(注4) https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000164025 (2020/02/25閲覧)
(注5) 注1に同じ。
愛鳥家ハチ

愛鳥家ハチ