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ロケットマンのろのレビュー・感想・評価

ロケットマン(2019年製作の映画)
5.0

「暗闇を照らすのは君だ、エルトン・ジョン」

死ぬほど泣いた劇場鑑賞から3年。
模擬面接の前にパワーをもらいたくてレンタルしてみたところ、この一週間おかわりが止まらなくなりました(笑)「チャプター再生しては胸がいっぱいになる」をひたすら繰り返しています。
ということで、”プレイバック!私の名作たち!”第3弾は「ロケットマン」です。

「土曜の夜は喧嘩上等!酒で燃料補給だ!」
80年代ミュージカルのように、きらめく遊園地で若者たちが踊り明かす”Saturday Night Alright For Fighting”

「田舎暮らしとはおさらば!」
ロンドンのレコード会社からアメリカのエージェントへ。
MGMのあの演出で描かれるパーティー三昧の日々。
絵を買い家を買い、どんどんリッチになる”Honky Cat”

「地球や昔の生活が恋しい。宇宙は孤独だ」
僕の自殺ショーだ!とプールに沈み、ストレッチャーで運ばれて、またステージに立たされる”Rocket Man”

父は別れのハグもなしに家を出て行った。
母は「お前は独りぼっちの人生を選んだ。一生愛されることはない」と突き放した。
幼少期から愛を求めて”黄色いレンガ道”(Yellow Brick Road)を歩き続けたエルトン・ジョン。
誰かに愛されたくて認められたくて、どれだけつらくても酒やドラッグの力を借りながら何度も自分を奮い立たせてステージに立った。それでも”オズの魔法使い”は彼の望みを叶えてくれなかった。

不死鳥の羽を背負った彼の鼻から血が滴る。
「シラフじゃ墜落だ。ウォッカトニックで気分はよくなる。だけど一生縛られる気か?そんな契約、俺はしてない」
楽屋から飛び出した彼は”さよなら、黄色いレンガ道(Goodbye Yellow Brick Road)”を歌いながら、療養所へ向かう・・・

オズの魔法使いはカカシやブリキやライオンの願いを叶えることができなかった。
なぜなら彼らが願っていたものは、それぞれがもともと持っていたものだったから。
カカシは賢さを、ブリキは心を、ライオンは勇気を。
本当は持っているのに、彼ら自身はそのことに気づいていなかった。
エルトン・ジョンは愛されることを強く願っていたけれど、彼が望む愛の形は彼にしか分からなかった。そしてその愛を彼にあげられるのもまた、彼自身だった。

ビジューやスパンコールが剥がれていく。
不死鳥の衣装からオレンジの羽が一枚、ひらりと落ちる。
一度死んで生まれ変わるフェニックスのように、グループセラピーを通して人生を振り返るエルトン・ジョン。
そして再び歌うのだ、「僕はまだこうして立ってる。かつてない強さで。何もかも乗り越えて」(I’ll Still Standing)

この映画を劇場で観て以来、”Rocket Man”のプールの場面を何度も思い返した。
観ているこちらが死にそうになるほどつらいあの場面は療養中の私の支えだったし、一人じゃないって思えて心強かった。
だけど今回改めて観てみると、もとの自分に戻ると決めた”Goodbye Yellow Brick Road”も、再び立ち上がる強さに溢れた”I’ll Still Standing”も本当に素晴らしかった。そんな彼の力を信じて支え続けるバーニー(作詞家)の「僕は手伝えないよ(=君自身の力で回復していくんだよ)」というセリフにボロボロ涙がこぼれた。

「私を置いて、先に元気にならないでよ」と寂しくなった3年前。
「なんだか私まで浄化された。明日も頑張ろう」と励まされた今日。
昔も今も変わらないのは、この映画が大好きだということです。

( ..)φ

1月20日でフィルマークスをはじめてから丸6年が経ちました。
毎年年明けは殺伐とした映画ばかり観ていたけれど、今年はなんだか励まされるものばかり観ていて、だいぶ気持ちが落ち着いてきたのかなぁと思います。

それにしても、「ロケットマン」を観たのに結局「オズの魔法使い」を思い出してしまうんだから不思議だよね。
もともと「オズの魔法使い」は母が好きな映画で、女の子が生まれたら最初に見せる映画はコレ!と決めていたんだとか。母は「黄色いレンガ道から外れず、まっすぐエメラルドシティ(目的地)まで歩いて行ってほしい。自分もそうやって生きてきたから。」という想いを映画に託していたそうです。
でも「オズの魔法使い」のテーマは母が思っていたのと真逆だったんだよね。
ドロシーは黄色いレンガ道から外れるたびに誰かを助け、ともに歩いていく。
寄り道したからこそ仲間と出会い、エメラルドシティまで辿り着くことができた。
だけど目的地に着いても願いが叶うわけじゃない。その願いを叶えるのは(気づくのは)自分自身なんだというメッセージに、母は私がうつ病になってから気付いたそうです。

小さいころから好きになれなかったのに、叔父がなくなった夜も、大学を辞めるか迷っていたときも、なぜか頭の片隅で流れていた「オズの魔法使い」。
「さよなら、黄色いレンガ道。上流の犬どもの街。君らの元にはいられない。畑に戻るよ」と歌う「ロケットマン」のクライマックスを観ていると、頭の中がサッと「オズの魔法使い」カラーになりました。今まで自分は「オズの魔法使い」のことを誤解していたのかもしれないとふと思いました。

真っ白なスーツで”I’ll Still Standing”を歌うエルトン・ジョン。
カットが切れて画面いっぱいに映るのは、彼が被るカンカン帽のリボン。
そのレインボーカラーを見たとき、「オズの魔法使い」はありのままの自分を取り戻す映画だったんだなぁと、思いがけず「ロケットマン」と「オズの魔法使い」がリンクしました。

映画を観るようになってからずいぶん経つけれど、私自身の成長とともに新たな発見がたくさんある。
きっとこれからも、映画と冒険していける。


( 2019年9月1日 劇場鑑賞時レビュー↓ )

独りぼっちの僕を抱きしめてくれたのは、大人になった僕だった。

「おまえなんていなければよかった。」
僕を疎む両親は、僕以外の人たちに愛を注いだ。
僕が有名になってからもそれは変わらず、彼らと分かり合う日はついに来なかった。

パーティーの招待客だって僕を心から愛しているわけじゃない。
どれだけ強い酒を煽っても、世界中のあらゆるドラッグを試してみても、この心は満たされない。

大量の薬を飲んだ、視界はぼやけた。
さぁ、今からショーを始めよう。僕が主役の自殺ショーを。
プールに飛び込んだ僕は、息も出来ない水の中で孤独な‘ロケットマン’になる。

愛を求める彼を利用する人がいる、突き放す人がいる。
手を差し伸べようとする人もいた。
七色の衣装に寂しさを隠し、酒にドラッグに買い物に依存し、過食になった。
それでも愛を渇望し続けた彼は、自ら病院の門を叩き、集団療法に参加する。
自信を取り戻しながら歌う‘I’m still standing’
僕はまだ立っている、この足で。
ラストシーンのあまりの力強さに涙が溢れて止まらなかった。
音楽が彼を支え続けたように、わたしもこの映画からたくさんの希望をもらった。明日も生きてみようと思えた。

( ..)φ

過去の痛みと向き合うって、本当に難しいし時間がかかることなんだ。
だけど、セラピーで話すうちツノをもぎ取り、羽が落ち、スパンコールは取れてゆく。そうやって、自分を守る鎧のようなオレンジの衣装を少しずつ脱いでいく。もうグッときてしまいました。

私は同じ病の人と話したことがないけれど、「ドントウォーリー」や「ガラスの城の約束」や「ロケットマン」みたいな映画と苦しみを分かち合うことができる。
それは本当に大きな励みになるんだよ。
また一つ大切な映画が増えて、ありがとうの気持ちでいっぱいです。
ろ