マンボー

この世界の(さらにいくつもの)片隅にのマンボーのレビュー・感想・評価

4.2
夕凪の街、桜の国の漫画が発売されたときに、まっさきに見つけて購入した。当時は、知人に久しぶりに再会するとき等にもそのつど買い込んで、手みやげとしてプレゼントまでしたものだった。
当時の最新の各誌で連載されている多くの漫画はインフレ気味で、そろそろ付いていけないと感じはじめていた頃だった。

こうの史代さんの漫画は、その点安心できた。手塚治虫や藤子不二雄に連なる古典的なコマ運びに、フリーハンドの丸みのある線、素朴で見やすい絵柄。そして何より地に足のついた作風ながら、とにかく物語を収斂させる手腕が抜群で、初めて読み終えたときには深い感動が胸にドッと押し寄せた。

前作も、こうのさんの世界観に忠実に従った秀作だった。本作もそれは変わらない。39分伸びた上映時間は、前作では描かれなかった枝葉末節をも描き抜いて、より多面的な作品になっている。

花街の女性のエピソードや、戦後の台風のシーンだけでなく、様々な場面で前作ではカットされていたシーンが自然に加わっている。制作費が足りなくて、泣く泣く削らざるをえなかったというシーンが、前作のヒットやクラウドファンディングによって加わり、とうとう監督の念願が叶った形で、片渕監督が本当に描きたかった作品がここにある。

そしてこんな庶民の物語を、天皇のご一家が鑑賞されたことにも、本当に深い意味があると思う。

世界の片隅を描いたマンガが、秀逸な世界観を持ち、意欲を持って映画化され、今や世界の隅々まで上映されていることに、想いは自分が想像するよりもずっと遠くまで伝わることがあるのだと思う。

描かれているのは、たゆみない営みでしかない。ゆるゆるとした、ふわふわした哀歓をたたえた喜劇でもあるけれど、人間関係の難しさや失う苦しみにさいなまれる悲劇でもある。地味で大人しく静かな作風だけど、人の心にスッと入り込んでそっと光を灯すような、稀有なる珠玉の秀作だと思う。