ヨーク

テルアビブ・オン・ファイアのヨークのレビュー・感想・評価

3.7
恥ずかしながら中東情勢はあんまり詳しくないのだがそれでも面白かったので中東素人にも分かりやすい良い作品だったと思います。とりあえずイスラエルとパレスチナの仲が悪いという基本的な部分さえ押さえていれば何となくストーリーは分かるし何となく笑える。
だが物語の設定というかシュチュエーションは中々に複雑で込み入ったものなのだ。軽く説明すると主人公はエルサレムに住むパレスチナ人なのだが職場はパレスチナのテレビ局。仕事の内容はパレスチナで制作されている「テルアビブ・オン・ファイア」というメロドラマに言語指導として参加している。毎日国境にある検問を越えて通勤しているのだがある日アッシという検問の偉い人(当然イスラエル人)に呼び止められ職業は脚本家だと嘘をついてしまう。実はアッシの奥さんは「テルアビブ~」の大ファンで嫁に自慢するためにアッシは毎日のように主人公を呼び止めて脚本に口を出してくる。アッシはドラマに登場するイスラエル人が格好良く見えるように注文を付けるが「テルアビブ~」はパレスチナで制作されているドラマなので当然スポンサーはアラブ系の会社ばかり。スポンサーからはアラブ側を良く見せろという注文が来て主人公は板挟みになる、というもの。
やっぱ結構複雑だよね。ざっくり要点だけ書こうと思ったが思ったより長くなってしまった。国や宗教や人種や性別など様々な要素が絡んでくるが本作はさらにそれらに加えてドラマ制作を扱うという点で劇中劇の要素もあって中々大変なのだ。俺のようにいつもうとうとしながら映画を観ている人には厳しめの作品だったかもしれない。とはいえシュチュエーションコメディというものはその状況と主役が置かれている立場さえ把握してしまえば何とかなるものなので先に書いたようにイスラエルとパレスチナの仲が悪いというその一点だけで乗り越えることもできる。できた。
しかし凄くヘビーで深刻な問題を軽快な笑えるコメディにしてしまう腕前はすごいな。もちろん脚本がよくできているというところはあるんだが、最初に劇中劇であるということを噛ますことによって物語全体に虚構感が出てきて、結果そのおかげで映画自体は現実での厄介で憂鬱なパレスチナ問題から少し距離を置いて鑑賞できるのかもしれない。説教臭いドキュメンタリーな感じではなくて作り話のコメディだから気軽に観てくれよ、という印象を与えてくれるわけだ。そういうの良かったですね。この作品は端々にそういった「構えないで観てくれよ」という部分があって観やすかったです。もちろんそういうコメディタッチにすることによって伝わらない部分もあるんだけど軽くするからこそ伝わる部分もある。エルサレムからパレスチナへ検問を越えて通勤している風景とか、その検問所で交わされる軽口とかを描いた映画が一体何本あるだろうか。そういう現地での日常風景なんかがよく描かれていて大変良かったですね。
しかしそんな軽いノリの中でも随所に分断や、支配・被支配といったシリアスな面がスクリーンに現れる。物語の中盤から後半にかけて描かれるアッシの強権の発動は正に実力行使としての暴力や軍事力の揶揄であろう(まぁその強権の発動に至る理由は非常にアホらしいのだが)。そんな中で何とかドラマを穏当で角の立たない方向に着地させようとする脚本の出来は見事だった。ちょっとオチは予想外で声出して笑っちゃったよ。
でもあのオチは映画の中では丸く収まるようにというものだったのだが現実のパレスチナ問題に照らし合わせてみるとオスロ合意など結局は絵に描いた餅で茶番に過ぎなく、その後も泥沼の闘争が続くということを思い起こさせるもので、とてつもなく皮肉が効いたオチでもあるのだと思う。上では深刻な問題を軽快なコメディとして描くことが凄い、と書いたがやはりその軽いノリの中にも猛毒は仕込まれているのだ。
あとアッシが高圧的な態度で脚本の変更を主人公に要求してくるんだけど、実はドラマとしてはアッシの案の方が素直に面白いんじゃね? という部分が多くてその辺も面白かったなぁ。
なんというかバランス感覚のいい映画ですね。面白かったです。
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