朱音

バード・ボックスの朱音のネタバレレビュー・内容・結末

バード・ボックス(2018年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

抑制の利いた演出と、ナチュラルで信憑性のある会話劇で、パニック・スリラーを知的でスマートな印象を残す作品に仕上げている。

サンドラ・ブロック演じるマロリーは他者との関わりを積極的に排してきた人間で、そんな彼女は全ての物事が動き出す前のシーンで「繋がりのない人間関係」と題した絵を描いている。
身重のマロリーはこれから生まれてくる自分の子供との関係においても、その繋がりを否定するというスタンスに頑なにこだわる。
本作は、世界を崩壊させる未曽有の災厄を通して、ひとりの女性が他者を受け入れ、社会性を獲得し、ひいては母親になる為の物語であり、謂わば「セカイ系」の作品。

マロリーは父親の人格と、その関係性が彼女の人格形成に影響を及ぼした事が、彼女の過去語りによって仄めかされる。
その因果関係の描き方自体はステレオタイプなもので、それを踏まえて本作が描き出しているメッセージを鑑みると、些か傲慢な感じが…、しないでもないが、本作はその語り口が非常に端正で、感心させられる。

冒頭にも書いたが自然で忌憚のない会話劇、キャスティングの適格さ、信憑性のある演技によって、非常に親しみがあって興味深いキャラクター達のドラマに仕上がっている。
中でもサンドラ・ブロックの演技は本当に素晴らしく、気難しくて取っ付き辛そうな印象のマロリーが徐々に変化していく様を見事に表現している。
森で子供たちとはぐれ、「あれ」の声に惑わされそうになりながら、懸命に語りかけ、やがて子供たちをその手に抱き留める一連のシークエンスには胸が熱くなる。

現在と過去を行き来する構成は一長一短で、どのキャラクターが生き残るのか?というスリル要素が大きく失われているものの、密室劇が中心になってしまう過去のエピソードを程よく分割し、かつ対比的な効果を生んでいると思う。
また異なる状況を交互に見せる事によって、緊張感を持続させているバランスの良い構成だと感じた。


少し気になったのは、「あれを見てはいけない」という謳い文句や、目隠しをした母子達の逃げ惑う異様な姿を写したキービジュアルから想起されるのは、一見新感覚のパニック・スリラー映画であるかのような印象だが、本作はむしろいたってオーソドックスなアプローチの作品であった事かな。
視界を奪われる事による恐怖に、没入感をもたらす様な演出的ギミックは、ほんの僅かな場面を除いてほとんど用いられていない。

怪異現象についての詳細を、最後まで徹底して抑制したことで、未知なるものに対する、得体の知れない恐怖と混乱、そして無力感といったものにより信憑性が感じられて私は好きだ。

ナイン・インチ・ネイルズことトレント・レズナーとアッティカス・ロスによる音楽も素晴らしい。
朱音

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