朱音

WAVES/ウェイブスの朱音のネタバレレビュー・内容・結末

WAVES/ウェイブス(2019年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

虹彩鮮やかな光と、けたたましく、時に親密にフィットする音楽のまにまに伝わってくる、彼らの息遣いと体温、ゼロ距離のリアルタイム性が感じられる青春ドラマの新たな可能性。

映画は「時間の芸術」とも呼ばれ、過去や未来を自由に描けるメディアだが、同時に"いま"をビビッドに映し出しもする。本作、『WAVES / ウェイブス』が迫った"いま"を紐解いてゆく。


音楽と密接に結び付いた脚本。
この『WAVES / ウェイブス』において、まず押さえておきたいのは、この作品が31の楽曲によって構成されたものであるということ。すべての楽曲が劇中シーンと連動しており、その音や歌詞が状況の説明や登場人物の心情を代弁する役割を果たしている。
非常に興味深いのは、脚本の段階で楽曲への言及があったということ。まず、この作品の脚本はオンラインで一部読むことが出来るようになっている。
トレイ・エドワード・シュルツ監督のアイディアが詰まった脚本の1~2ページ目にはアニマル・コレクティヴの『FLORIDADA』が流れるカップルのドライブデートの風景と、フロリダの風を浴びながら歌う2人を360度ぐるぐるとスピンするカメラワークが捉えた印象的な冒頭のシーンが書かれている。

シュルツ監督が用意した最新式の"オンライン"脚本では、読みながら各シーンで使用される曲が聴けるように楽曲のハイパーリンクが施されており、各ページには赤や青などのグラデーションがかかり、文字はレインボーカラーで色彩豊かだ。シーンの状況や人物の心情に応じて文字サイズが変化していたり、カメラワークやアスペクト比の変化など監督がイメージする映像の全てが事細かに描かれていたり、脚本の固定概念を覆す程に手の込んだものになっている。

脚本についてシュルツ監督は、

「カメララークもカラーもサウンドも、すべてを最初から脚本に落とし込んだ。役者もスタッフも全員がどのような仕上がりになるかイメージできるようにしたんだ。脚本を書いてる時も書く前も、この映画はずっと僕の頭の中にあったから、壮大なプレイリストを作成したり脚本の中に曲の歌詞を書き込んで方向性を示したりした。というのも歌詞が物語の進む方向とキャラクターたちの感情を説明してくれるからだ。」

と語っている。
この作品がプレイリスト・ムービーと呼ばれる所以がここにある。私にとっても音楽は自分の日常と非常に密接にリンクしたアートだ。日常の様々な場面は音楽がその親密さをもって彩ってくれ、また音楽が流れていない場面においても、頭の中には音楽が歌詞がリフレインする。だからこの『WAVES / ウェイブス』が私にとって非常に身近な作品であると感じられるのは必然だ。

楽曲一覧(全31曲)
『FLORIDADA』『LOCH RAVEN (LIVE)』『BLUISH』アニマル・コレクティヴ
『BE ABOVE IT』 『BE ABOVE IT -EROL ALKAN REWORK』『BE ABOVE IT – LIVE』テーム・インパラ
『MITSUBISHI SONY』『SIDEWAYS』 『FLORIDA』『RUSHES』『RUSHES (BASS GUITAR LAYER)』『SEIGFRIED』フランク・オーシャン
『WHAT A DIFFERENCE A DAY MAKES』ダイナ・ワシントン
『UNKNOWN』 ケルヴィン・ハリソン・Jr
『LVL』 エイサップ・ロッキー
『AMERICA』 ザ・シューズ
『BACKSEAT FREESTYLE』 ケンドリック・ラマー
『IFHY』 タイラー・ザ・クリエイター feat. ファレル・ウィリアムス
『FOCUS』 H.E.R.
『LOVE IS A LOSING GAME』 エイミー・ワインハウス
『SURF SOLAR』 ファック・ボタンズ
『U RITE』『U-RITE (LOUIS FUTON REMIX)』 THEY.
『I AM A GOD』 カニエ・ウェスト
『GHOST!』 キッド・カディ
『MOONLIGHT SERENADE』 グレン・ミラー・オーケストラ
『THE STARS IN HIS HEAD(DARK LIGHTS REMIX)』 コリン・ステットソン
『HOW GREAT』 チャンス・ザ・ラッパー
『PRETTY LITTLE BIRDS』 SZA feat. アイザイア・ラシャド
『TRUE LOVE WAITS』 レディオヘッド
『SOUND & COLOR』 アラバマ・シェイクス

本作のオリジナルスコアを担当したナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーも、シュルツ監督の斬新な脚本を見て、

「今までに読んだどんな脚本とも違ってた。読んだ瞬間、これは紛れもなく、誰かがとてつもない時間を費やして全身全霊を注いで作ったものだと分かった。トレイはまだキャリアが浅いけど本物だ。これは最高のプロジェクトだった。」

と語っている。

もちろん脚本というのは一般人にとってはなかなか目に触れるものではないし、そのデザインなどは映画を観る分には関係ない、わからないものでもあるのだが、このアプローチからも、本作がオーソドックスな映画とは一線を画した作り方をされていることがわかるだろう。実際に劇中では全編にわたって楽曲が鳴り続けており、そういう意味でもかなり新しい。


構成の妙。兄と妹で分かたれたストーリー。
本作は前半と後半で主人公が交代する構成になっている。兄が加害者になっていく"下降"の物語と、加害者遺族になった妹が再生していく"上昇"の物語だ。血を分けた兄妹を分かつストーリー、さらに悲劇と再生を1人ずつに背負わせる構造も、なかなかに斬新だ。
一般的な映画では、1人の主人公の中に起こる事件と、その脱却を描くことでドラマを構築するパターンが多いが、本作においては兄が事件を起こした後に退場してしまい、彼の"復活"は直接的には描かれない。そこに救済は存在せず、妹の"再生"でもって、カタルシスを生み出そうとしていく。
ただ、これはかなり歪なつくりであって、観客の心の中には素直に祝福できない思いも少なからずあろう。前半の主人公が報われることがないからだ。このシビアな目線もまた、なかなか他の作品ではお目にかかれないものでもある。兄タイラーに一定の同情はするものの、憐憫や応援の感情まで持たせない切り捨て具合など、シュルツ監督の独自の感覚が、顕著に表れているようにも見える。

つまり本作で描かれる感動は、どこか片手落ちだ。しかしこの「再生ドラマの中に"汚れ"を作る」バランス感覚こそが、登場人物の感覚と観客の感覚をオーバーラップさせる演出なのかもしれない。いくらエミリーが喪失や苦難を乗り越えていこうとも、"痛み"はなくなることはない。身内に犯罪者が出た事実は消えないし、彼女自身は被害者なのに世間的には加害者の関係者にみられてしまう日々は、これからも続いていく。鑑賞後に生じるであろうこの独特の居心地の悪さは、かなり実験的でありつつ、実にリアルだ。

こうした明暗別れるドラマを鮮やか虹彩溢れる光で照らしだした本作の絵作りや、端的なカットワーク、どこかで見覚えがあると思っていたら、シュルツ監督はテレンス・マリック監督の元で師事していたらしい。なるほど納得がいった。


映画で描かれる少年犯罪。
日本でもこういうティーンが引き起こした殺人事件を扱う映画は、最近も多数公開されている。そしてその多くの邦画が、少年犯罪の背景に「母親(の間違った育児)」を取り上げがちだということ。
この邦画の傾向はジェンダーにおけるステレオタイプな偏見に満ちたものであり、問題だと思っているのだが、それが今の日本映画における少年犯罪の捉え方である。
しかし、『WAVES / ウェイブス』は鑑賞すれば分かるとおり、母親に対するフォーカスはほとんどなく(強いていうなら継母という距離感はあるにせよ)、どちらかというと父親、もっといえば世間的に良しとされる"マスキュリニティ"に焦点をあてているということだ。
映画のあらすじはその多くが"厳格"な父親と紹介しているが、本作のロナルドは厳格というよりは"抑圧的"といった方が正しいだろう。
それがレスリングというこれ以上にないくらい分かりやすい"マッチョイズム"で提示され、その男らしさを発散する場であるレスリングを奪われた瞬間に、連鎖的にそれが暴力性となって最も攻撃しやすい相手、つまり以前の恋人に向けられるという流れも然りという、露悪性に頼らずシンプルながら納得のいく語り口である。


TikTokやYouTube、Instagramの"感覚"を映画に投入。
脚本のファッションの独自性と、中身の独創性。この2つの“新しさ”に、映像、演出のオリジナリティが加わり、『WAVES / ウェイブス』はさらに発展していく。

まずは、車中のシーンについて。冒頭から、タイラーと仲間が音楽に乗りながらドライブを楽しむ姿が映し出されるのだが、このシーンで目を引くのは、車中に設置されたカメラが360度回転するということ。このドライブ感あふれるカメラワークは、ある種のミュージックビデオ的というか、もっと言うとTikTok風にも映る。映画的な文脈で見ると面食らうのだが、このように「日常風景を過度に演出する」流れは、SNSユーザーの観点から考えると非常に今風だ。

TikTokにせよInstagramにせよ、SNS世代の感覚からすると「盛って共有」は自然なものであり、その辺りを映画というフォーマットに乗せた『WAVES / ウェイブス』は、革命的ともいえる。これはなかなか、思い付きそうで追求されていない部分かもしれない。感覚的にはソフィア・コッポラ監督の初期作品に見られた、どこかポラロイドカメラやトイカメラで撮られたInstagramのような、皮膚感覚的に親密さを感じさせる素描、そういった方向性を、より現代的な足し算の美意識をもってケレン味豊かにアップデートさせていったのが本作の演出ではなかろうか。

そのほか、本作の中ではカメラが「うねる」動きを頻繁に行うのだが、これらの映像もGoPro的であり、YouTubeで世界中の動画を観ている層からすると、親和性が高い。ガイ・リッチー監督などはアクションシーンでウェアラブルカメラを活用していたが、日常のシーンでも投入したのは、かなり新鮮だ。ここも、映画文脈だと驚かされるのだが、より広い「私たちが日常的に触れている映像表現」で考えると、"いまの感覚"が反映されている。
SNSが、劇中でキーアイテムと化している部分も、他の作品以上に踏み込んで描かれる。スマートフォンの画面から日常にすっと引いていく動きは、現代人の視線の動きを見事に可視化したものだし、タイラーが恋人と仲たがいするシーンのMessengerの描写など、かなり生々しい。また、Instagramでタイラー宛に罵詈雑言のコメントが多数書き込まれるシーンも、私たちが生きる日常そのものだ。


さいごに、
本作、『WAVES / ウェイブス』の骨格は、寓話的、ともすれば神話的ともいえる悲劇であり、作劇の歴史の中で鍛え上げられてきた要素がしっかりと注入されてはいるのだが、テクニックの部分においては、映画以外の表現から多数引用が行われている。
総じていえば、本作には"若さ"が詰まっている。
ここでいう若さとは、いまのトレンドにリーチした感性だ。もはや、映像とはテレビやスクリーンだけのものではない。インターネット上で無数に広がり続ける映像のテンポや画作りを大胆に導入し、映像的な新しさを齎すとともに、この現代を生きる若者のドラマとして、実に鋭利に、最先端に作りこんできた。本作が見せる悲劇を他人事として切り離せないのは、こういった部分にもあるのかもしれない。私たちの"いま"の延長線上に、ピンで留めるように的確に打ち込まれたこの映画は、誰かにとってのメモリアルとなり、次世代のフィルムメーカーにとってのニュー・スタンダードになるかもしれない。


余談だが、あそこで『TRUE LOVE WAITS』はダメです。号泣しました。
朱音

朱音