emi

Fukushima 50のemiのネタバレレビュー・内容・結末

Fukushima 50(2019年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

序盤の巨大津波に福島第一原子力発電所が飲み込まれるシーンは凄まじいものだった。
発電所の面々は警報を聞いているにも関わらず「ここは心配ないと思いますが…」「急がなくても大丈夫だよ」と会話をかわす。台詞であり演技だと分かっていても、一言一言が妙にリアルで、その危機感のなさが人間らしく、恐ろしい。やがて遠目に迫り来る巨大な壁のようなものが見える。「なんだ、あれ…」と呟き、やがて得体の知れない巨大な壁の正体が”津波”だと気づくが、直後には大量の海水が押し寄せてくる。このシーンを何度も映像を止めながら鑑賞した。映像作品だと頭では理解していても心が追いつかなかった。心拍数が上がっているのが分かり、息苦しくなる始末。何度も席を立って気持ちを落ち着ける為に休憩を入れ、息を飲むように観た。(コロナ禍でおうち映画館で観ていた、劇場でなくてよかった。)あの日何が起きていたかを後からニュース映像で知った私にとって、所詮「遠くの現実」だったことを思い知らされるような映像だった。創り物でこれか、そんな気持ちになった。本作は全体で122分の作品だそうだが、私は鑑賞を終えるのに倍近い時間が掛かったのだと思う。

福島第一原子力発電所は浸水し、全電力を喪失、原発は冷却機能を失いメルトダウンの危機に陥る。
命がけで発電所内に留まり対応業務に従事するプラントエンジニア達、部下からの信頼も厚い吉田所長に世界の渡辺謙、そして現場指揮者の伊崎に佐藤浩市。命がけで対応に臨むプラントエンジニアには吉岡秀隆、緒形直人、火野正平、石井正則など。
特にベテランエンジニアの大森(火野正平)は、目立った役どころではないのだが重要な役割を担っていたと思う。所内はもはや熱と被爆線量との戦い、若い者には行かせられないと危険を承知で現地へと赴くシーンは素晴らしく、すっかりファンになってしまった。熟練プラントエンジニアの決意とプライドが現れたいい演技だった。
一見頼りない風貌の前田(吉岡秀隆)や本田(石井正則 元アリtoキリギリス)も良い味を出していた。作中でも描写があるが、彼らにとって原子力発電所は1機ずつ特徴や性格も違う、長年面倒を見てきた子供のようなもの。人々の生活を助けてきたのに暴走を始めてしまった、その暴走を止めてやらなきゃと考えている。彼らは「今日当直だっただけの会社員」で、お給料を貰って働き、家には家族もいる普通の人達だ。なのにある日突然、このままだと大変なことになります、なんとか出来るのは貴方達だけです、という状況に追い込まれてしまう。全員がぎりぎりの状態という難しい話。目立つのは上と現場との板挟みになる吉田所長(渡辺謙)と部下を危険な現場に送り出さなくてはならない伊崎(佐藤浩市)かもしれないが、作品が素晴らしいのはプラントエンジニアを演じた役者さん達にしっかり土台が支えられていたからこそだ。
余談だが突然全員が勇敢になれるはずもない。自分には出来ないと避難する所員もきちんと描かれていたりする。佐野史郎演じる総理大臣はヒステリックに怒り感情を隠すことがない。一周回ってコミカルなキャラクターにすら見えてくるが、状況が分からないなりに思い悩む人間性もきちんと垣間見える。現実的な原発対応への評価や結果はともかく、「未曾有の事態に多くの人が、その人なりに懸命に動いた事実」がきちんと描かれている点を私は評価したい。この尺で描ける範疇で、人の強さも弱さも描写は丁寧である。
無理に観る必要はない、けれど私のようなあの日あの場にいなかった人々にこそ必要な作品だと思う。
美化したり英雄視したりしなくていい、ただ現実に起きたことの一端を知るためにフラットな気持ちで一度鑑賞してみて欲しい。
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