平野レミゼラブル

よこがおの平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

よこがお(2019年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

何も悪くないのにvsクソデカ感情

恐ろしい映画である。何も悪くない女性が徹底的に追い詰められ、復讐のために動くというあらすじの時点で暗いが、観ていて本当にこちらの胃をキリキリと締め付けてくる厭な感覚が常にあった。
試写会で鑑賞して監督のトークショーもあったのだけど、深田監督あんなに人畜無害そうな顔しておきながら、「男女の区別なく酷い目に遭わせたいじゃないですか」とか宣うからね。MCU好きという自身の作風と真逆の好みの一面も面白かった。

筒井真理子演じる市子は本当に何も悪くない。
強いて言うなら、甥が誘拐犯であることを早めに明かすべきだったんだろうが、自分があの立場になったとして、あの段階で明かすなどとても出来そうにない。その後も「何故あそこで誤解を招くような発言をしてしまったのか」と言わんばかりの失言をしてしまったりと、『不器用な良い人』故に彼女は自らの居場所を失っていく。自分は全く悪くないのに、他ならぬ自分の判断が自分を壊していく構図を創り上げていく深田監督は本当に底意地が悪い。
そして、市子にそこまで「間違った」判断を下させてしまうのは市川実日子演じる基子であり、彼女の悪意の根底にあるのは、市子に対する恩義であり親愛であり嫉妬であり憎悪であるというクソデカ感情なのだ。

市子が基子から受けた仕打ちや市子の仕掛ける復讐が徐々に明らかになっていく現在と過去のザッピング構成がより心を締め付けていく。基子への復讐開始時に基子から教わった緊張を解す方法を試したり、かつて介護していた基子の祖母が亡くなっていたことを知って涙を流してしまうなど、市子の根底の基子への想いや冷徹な復讐者になりきれない優しさが溢れるのが特に印象的だ。
その復讐方法にしたって基子の恋人を寝取って知らせる(しかも恋人には「早く言い訳しな」とすぐにネタバレしてしまう)レベルのささやかさなのも、彼女の小市民的善人さの現れだろう。しかもすぐに、恋人は基子とは別れていたと判明する空回りっぷり。『よこがお』には人間にはあらゆる顔があるという意味が込められており、作中でも何回も印象的によこがおが強調されるが、結局のところ一つの顔に集約されるのではないだろうか。市子に関してはどこまで行っても「要領の悪い善人」といった感じに。

そんな彼女の根底の顔がよく現れていた復讐方法だとは思うが、だからこそ市子が池松壮亮をあっさり籠絡してしまうのはかなりの違和感がある。彼女はあくまで「要領の悪い善人」に過ぎず、男を魅了するファム・ファタールという柄ではないのだ。
池松壮亮を最初チャラ男にしようとしたが、実際に会ってみて普通の好青年に変更したという監督の判断は、市子に対するダメージの大きさという意味では正解だったかもしれないが、市子に魅了されてしまうという違和感は残る結果になってしまったと思う。まあ池松くんがフラれたばかりの傷心&お互い真面目同士で、実際に気は合っていたという解釈も出来なくはないが…うーん……

結構な場面で観客にイメージを委ねる演出があるが、ほとんどは解りやすいものばかりで解釈が苦手な自分には助かった。特にサイの勃起(草食男子の性犯罪のメタファー)や、押し入れ内の情事(地味に基子と一緒に裸になった相手の性別がどちらとも取れるという)は後から思わぬところで重要な役割を果たすので印象的だ。
とはいえ、解釈が難しい演出もあり、未だに消化されない部分もあるのも確か。特に筒井真理子の髪の毛が緑になって海に入ってるイメージカットの意図が未だに掴めず、これはやっぱり意味がわかるまで「しばらく寝かせる系統の映画」なんだろうなァ…