白瀬青

燃えよ剣の白瀬青のネタバレレビュー・内容・結末

燃えよ剣(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

とにかくなにもかも場面の見せ方が良かった。アクションは言うまでもなく。
悪いところは時代劇口調で早口のセリフが聞き取りづらく、耳が良くてある程度歴史に理解がないと辛いところ。


原作に忠実なストーリーながら、土方歳三の口述という形を取ることによって司馬遼太郎と違う何かを入魂されているように感じた。また土方がエピソードを語るという構成のおかげで一本の映画として綺麗にまとまり、現代人がひっかかりなくすっと話に入っていけるアレンジも容易にしている。小説の地の文と同じ説明文すら、土方の故郷の方言で語られることによってぐっと体温が立ち上がってくるのだ。

流行り物としての政治思想にとらわれない悪ガキの目から見れば、誰も彼もが立場や学問に囚われてかえって見えている正道を行かず回り道をしているように見えるという視点からの『燃えよ剣』だ。
その語り口は単純に佐幕派と尊王攘夷派を単純な善悪やどちらに先見性があるかと区分けしない。水戸藩組達インテリは皆の尊敬を集めているがその道徳は腐敗しており、ならば彼らに百姓だから武士のことは判らないと嘲笑われる土方のほうが正しく現状が見えている気がするが、まっすぐさゆえに粛清の嵐が吹き荒れる。
学があるゆえに迷走する仲間を斬り続ける土方の想いは「知れば迷い 知らねば迷わぬ」ということなのだろうが、誰も愚か者にしないためにほのめかされる各派のディテールのために、生まれ育った土地がその人にとっての正義を決める話だとも感じる。

土方は多摩の百姓の出だが、その広大な田園は幕府直轄の領地だ。百姓ではあるが幕府直参の誇りを持ち武芸では負けない農民達だ。その幕府が狼藉する攘夷志士を取り締まれというなら仕事は攘夷志士を斬って幕府を守ることでしかない。シンプルな話だ。帝だの攘夷だのは降って湧いたような流行りで知ったこっちゃない。
しかし尊皇思想の強い水戸藩出身のインテリ組にとっては浪士組・新選組などは尊王攘夷活動の踏み台でしかない。攘夷を取り締まる役目でありながら攘夷思想を隠さないし、むしろ融通する。主君は幕府にも新選組にもいないから町民に乱暴なふるまいをしても恥じない。
敵対する長州は関ヶ原の因縁で僻地に遣られてからずっと幕府を憎み、藩内でもさらに酷い差別があるという構造の中で既存の悪い体制である幕府を倒したがっている。そのためならインテリ層は帝を崇拝する建前をとりながら彼をたぶらかし、偽勅(フェイクニュース)すら垂れ流す。

もちろんこれは「俺バカだからわかんねえけどよ」って言ってる悪ガキが一番賢い、という話ではない。
土方も人一倍学んでいる。その結果、イデオロギーのために西洋の合理的な制度戦略を忌み嫌ったり、何百年前の文献から引っ張り出してきたか知らない錦の御旗に右往左往したりしている人々のことが、最短距離を目の前にしながらなぜか遭難しているように見えて不思議だというだけの話だ。

まあそれにしては函館の話が駆け足になり、ラストが結局紋切りの武士道に殉じた形になってしまう気がしますがまあ原作ではそうだし、とても印象的な美しいラストシーンなのでいいかな……。

個人的には大政奉還が決まった帰り道、土方がええじゃないかを踊り狂う民衆に刀を向けるが、踊る人々は彼がまるで視界に入らないかのように笑いながら過ぎ去ってしまうシーンが好きです。
白瀬青

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