こうん

フォードvsフェラーリのこうんのレビュー・感想・評価

フォードvsフェラーリ(2019年製作の映画)
4.3
いやーめっちゃ汗かいたし右足が突っ張らかったまんまだった。(たぶんブレーキ)

フォードvフェラーリ。
仕事でよく通る六本木ミッドタウンの近くのガソリンスタンドにはいつも高級外車が停まっているんだけど、今日そこを通ったら深いネイビーでマットに仕上げたフェラーリ(名称は知らん)があって、クルマに興味のないおれでも「あらやだかっこいい」となりましたね。
でも営業車でアクア乗ってますけど、どうせ乗るならマニュアルがいいし、なんならパワステついてないジープとかのほうが運転楽しんじゃう方向性の人間ではあります。

つうことで、時代に背を向けニヒルに謳うマンゴールド節に舌鼓でした~。
「3時10分、決断の時」や「LOGAN」のごとく、心の奥底に秘めた魂を守るために抗う男たちのドラマであり、その魂が伝播していく様を描いた物語でございました。
「友情とは二つの肉体に宿れる一つの魂である」というのは誰かの名言ですが、それをまんま照射したような映画が大好物なんで、いやもう、大・好・物でした。
言い換えれば、「友情とは7000回転に宿れる一つの魂である」ってとこですかね。
あ…思い出してちょっとまなじりが湿ってきた。

素晴らしいのは、モータースポーツ―映画の皮を被った”仕事映画”でもあるところで、その大企業と個人、または理想と現実、はたまた合理性と非合理性の間で揺れまくり闘うさまざまの人間の乱反射を巧みに整理し、史実に基づきながらも勧善懲悪的なコンストラクションで面白おかしく描破し、また別の側面において、苦い苦い結末でもってフォード≒アメリカの栄光と深い影をじわーっと滲ませつつ、矜持のために戦った仕事人間たちの友情に帰着させ、彼らへの讃辞を、継承の物語として集約させたところですよ!
なんて巧みで熱いんだ!
”気骨のある”という表現が一番ピタリくるけど、マンゴールド監督をはじめとしたスタッフキャスト達のこの仕事に、もしかしたらアメリカ映画が失いかけているかもしれない、”アメリカ人の根っこ”を照らすことになっていると思います。

そしてもちろん、モータースポーツ映画としても抜かりがない。
多くの感想に「車に興味ないけど」「免許持ってないけど」という枕詞が並んだうえに「面白かった」とあるように、まったく興味のない人を時速300㎞レースのど真ん中に連れて行ってくれる娯楽映画としての深度と間口の広さを示しているところも特筆すべきで、これにはそれこ撮影・編集・音響などの気の遠くなるようなスタッフパワーが炸裂しています。
クライマックスのル・マンなんて、当時のコースは周囲の風景も含めて全然変わっちゃっているので5箇所だか7箇所でバラバラで撮影して繋げたそうですけど、1箇所の撮影でも繋げられるように撮影するには段取りがクソ面倒くさいのに、それを複数箇所で…てのは、考えただけでクラクラしますね。
24時間だから朝昼夕晩の光をつなげなくちゃいけないし、雨風もあり、レースの順番や位置関係や、各車体そのものの汚れだったり傷だったりチューンナップ具合だったり、限りなく再現しようとしているわけだから、書いているだけで逃げ出したくなります。
このスタッフパワーに讃辞を贈りたい(アカデミー賞にもちゃんと技術賞ノミニーされてます)。

そしてなによりも、シェルビーさんとマイルズさんの”7000回転に宿れる一つの魂”ね!
もちろん友情もあるんだけど、ルサンチマンを抱えた仕事人としての矜持の共有というか、そのニュアンスが良かったなぁ。マイルズの家の前でのケンカ(ケンカしながら気を使って硬いもので殴らない紳士協定があるのが素敵)とかもいいし、この男二人が物語の中で成長し変化していき、ちょっとした逆転現象をみせるような作劇が好きなんだけど(ポン・ジュノの「殺人の追憶」もそうだ)、偏屈で絶対に意志を曲げないマイルズが、最期、苦すぎる汁をグイっと飲み込んで下した決断に涙が出るし、しかしそのあとでさわやかな疲労顔の中にうっすら忸怩たる感情を浮かべながら、「まだ次があるさ」といわんばかりに相棒のシェルビーの肩を抱くのを背後からとらえたショットには、もうね、男に生まれたからには泣くしかないっすよ。
(と書いた言い訳ではないけど、いつか、画面に映っているのが女性二人で、この映画と同じ感情になって涙したいとも思っていますよ)

その二人を演じるマット・デイモンもクリスチャン・ベールも良かったなぁ。
良かったですけど、贔屓のジョン・バーンサルさんがアイアコッカに扮していて、経営上層部と現場の調整役というか、ジレンマの立ち位置にいて、その悲哀と親近感が上手かったなぁと思います。バーンサルさんのネクタイ姿なんて初めて観た気がします。
彼の出演作は良作が多い(「ゴーストライター」「ウルフ・オブ・ストリート」「フューリー」「ボーダーライン」「ザ・コンサルタント」「ウインド・リバー」「ベイビー・ドライバー」「ブラッド・スローン」)ので、今後も目を離せない俳優さんです。いい顔してるんだこの人。

あと、フォード2代目社長も良かったですね。シェルビーに無理やりレースカーに連れ込まれて死にそうな思いしたけど自動車メーカーのパイオニアとしての根っこは腐っていないところを見せるのは、ちょっとホロリとしますし、実は一番心に残っているシーンだったりします。
ま、そのあとは結局、無理解な経営者に戻るんですけど。

結局現在フォードが残念なことになっているのを知っている身としては非常に苦い結末ですし、しかし「アメリカなめんな」と自らを叱咤激励するかのような温もりもあって、とても好ましい映画でしたね。

劇中、何度も「何人たりとも俺の前は走らせねぇ」という漫画「F」の名セリフを思い出して右足を突っ張らかして、汗だくでした。

俺が踏んでいたのは見えないブレーキでしょうか。それともアクセルでしょうか。
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