ヨーク

ナイル殺人事件のヨークのレビュー・感想・評価

ナイル殺人事件(2022年製作の映画)
3.6
まぁどっちかというと面白かったし間違ってもクソ映画とかではないんだけど、別に積極的に褒めるほどいい映画だとも思わないし個人的な好き嫌いで言っても、別にどっちでもない…というくらいの超感想書きにくい映画でしたね。普通です! 普通! 普通に観たし普通に寝たよ! って感じでした『ナイル殺人事件』は。
いやでもなぁ、映画の初っ端が一次大戦の描写から始まったので、おぉ!? とは思ったんですよ。これは俺が自力で辿り着いた自説でも何でもなく昔読んだエッセイとかコラムからの受け売りなんだけど、探偵小説という読み物が最初にジャンルとして定着したのは一次大戦後の英米で、その理由は第一次世界大戦という未曽有の殺戮戦争が大いに関係しているというものなんですね。もちろん『モルグ街の殺人』は19世紀半ばの作品だし、かの有名なホームズシリーズも19世紀末には誕生している。だが似た傾向を持つ作品群が探偵小説として一つのジャンルとなり得たのは一次大戦以後だというのだ。
どういうことかというとだ、まず探偵小説(推理小説でもミステリでも呼び方は何でもよい)の定義としては要素を分解していくと、犯罪に関するある秘密が論理的に解かれていくことの面白さに主眼を置いて書かれた小説だ、と言えると思う。ここで重要なのは犯人の犯罪行為が暴かれるときに、そこには明確なロジックがあって読者の大多数が納得できるものでなくてはならないということだ。この論に異論がある人はそう多くはないだろうと思う。ミステリ仕立ての作品で犯人のアリバイ工作なんかを暴くとき、そこに論理性がなければ興ざめも甚だしいであろう。そういう傾向を持った作品群が一つのジャンルとして認知されるに至ったのがなぜ一次大戦の後だったのかというと、普仏戦争から一次大戦までの欧州というのはかなり平和に文化や芸術を謳歌したいわゆるベル・エポックの時代だったのですね。絵画においては俺がもっとも好きで多分日本でも多大な人気のある印象派の時代でもある。そういう文化の黄金時代を経て一次大戦が始まったのだが、かの大戦は人類史上初めて機関銃や化学兵器が実戦投入されるという酸鼻を極めるものであった。そこにはほぼ無意味といえる死体の山が築かれたわけだ。それは実際に戦地にいたヘミングウェイに多大なる影響を与え、フィッツジェラルドに「すべての神は死に絶え、すべての戦争はもう戦われてしまい、人間に対するすべての信頼がぐらついているのを目の当たりにした」と言わしめたのである。そこで目の当たりにされたのは人間の生の無意味さである。モネやルノワールやカミーユ・ピサロがあれほど豊かに描いた人間性とその内面にある個性が徹底的に踏みにじられた戦争だったのだ。
探偵小説というものはその戦場に山のように積み上げられた無為な死の中から、人の元に生き死にに対する意味を取り戻そうという人間性の復権的な文学行為であったのだ、というのが上記したエッセイだかコラムだかの主な論旨だったのである。だからこれも上で書いたように探偵ものでは論理性が重視されるんですよ。その論では探偵小説というものは人の死に意味を持たせたいという内的な欲求を伴った表現様式なので当然であろう。個人的にはロメロを祖とするゾンビ映画の興隆もわりと似た部分があるのではないかと思っているがそれはまた別の話。ともかく、探偵小説というジャンルは一次大戦におけるシステム化された兵器が無機的に人を殺し続けたことに対する反動的なムーブメントであったという見方があるわけだ。なので本作の冒頭が一次大戦のシーンだったから俺は、お!? これは探偵小説というジャンルの勃興を踏まえた上でそれを今この時代の映画として提示している作品なのか? と思ったわけだよ。でもぶっちゃけそういうのは全然なかったよね。全然なかったのに何でそのことについて延々書いてんだよって感じだけど、まぁそこは俺の期待が裏切られたことに対する愚痴ですね、愚痴。
驚くことにここまでほぼ映画の感想を書いていないわけだが、まぁ察してもらえるとありがたいのだが最初に書いたように特に言うこともない映画なんだよ。ガル・ガドットが美人で衣装も良かったです、とかそれくらいだろうか。まぁ事前に花粉症のお薬を飲んだせいで40分くらい寝ていたというのもあるが…。あれですね、エジプトは花粉とかあんまり飛んでなさそうな感じで良かったですね。いやそれ映画の感想か? と思うがマジで他に書くこともない。
序盤やや退屈で、これは俺が原作を知ってるからかもしれないが登場人物の人間関係よりもっとエジプトツアーみたいなのを観たかったなぁというのはあったが、ミステリもので人間関係の説明は必須なのでまぁ教科書通りですよね。事件が起きてからのテンポもよくて特に言うこともない。特に言うこともないなー、と思いながらウトウト居眠りして、目が覚めたら特に言うこともない解決編が始まってたりして、どこから観ても面白かったのでまぁいいんじゃないですかね。
終始映像はきれいだし、衣装とか美術もいい感じだったし、結構寝ながら観たのにも関わらず面白かったから普通によく出来た映画なんだと思います。ただまぁ今この時代にリメイクする意味のあるジャンルとしての探偵ものなのかというとそういうのは全くなかった(少なくとも起きて観てる部分では)し、まだ未見な同監督の『オリエント急行』も多分同じような感じなんだろうなとは思いましたね。あと別に探偵ものではないけど『ベルファスト』のハードルもちょっと下がった。
でもこんくらい居眠りこきながら観られるような映画が気楽でちょうどいいというのもあるので、良かったですね。よかったよかった。
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