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ミッドサマーのkomoのレビュー・感想・評価

ミッドサマー(2019年製作の映画)
4.2
正直かなり気持ち悪かったけど、物語や映像、メタファーなどは非常に面白かったです!
グロの度合いが分からなくて鑑賞を迷っている方へ、参考までに↓

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・主たるグロ描写は死体表現
(破壊された顔面、曲がった足、取り出された内蔵、原始的な火葬など)
・それがなかなかドアップで、数秒に渡り映し出されます
・そのシーンが終わっても、主人公のフラッシュバックとしてまた登場します
・逆に言えば、拷問などの進行形のリンチシーンはなし
・ほとんどの殺害シーンはほぼ一瞬、あるいは知らぬ間に死んでる(ラストシーンを除く)
・腹を裂かれた熊が出てくる
・炎の表現が苦手な人は絶対注意
・人体の一部が花になる表現あり。蓮コラが苦手な人は観ない方がいいかも
・ビョルン・アンドレセンが酷い扱いを受けているので、彼の美の概念を壊されたくない人にはおすすめできない
・濡れ場がとにかくひどい(カルト的)
・グロではないけど車で村に入るシーンでカメラが回るので三半規管が弱い人注意
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komoはグロは得意ではありませんが、『痛みがじわじわ想像出来てしまうタイプのグロ』が苦手なため、死亡シーンが短尺である本作はわりと大丈夫でした。
でも、人によって許容できる種類や程度は違うと思うので参考程度に…。

ストーリーは、アメリカに住む5人の大学生がスウェーデン奥地のホルガ村で開催される『夏至祭』を訪れ、狂気的な儀式に巻き込まれるというもの。
夏至祭に参加した動機は、ある者は里帰りのため、ある者は論文のため、ある者は日常のガス抜きのため、そしてある者は悲しみを紛らわすため。
この悲しみを抱えている女性こそが、主人公のダニー(フローレンス・ピュー)です。
ホルガ村を訪れたメンバーの中には、ダニーの彼氏であるクリスチャン(ジャック・レイナー)もいます。
ダニーとクリスチャンは表向きは仲の良い恋人同士ですが、実はどことなく倦怠期。自分に依存しているダニーを内心煩わしく思っているクリスチャンは、別れを切り出そうと思いながらも、割り切ることもできずに悩んでいました。
この2人の煮え切らない感情こそがポイントで、アメリカでダラダラと続いていた関係が、ホルガ村の狂気に触れてどう変わってゆくかが物語の原動力となっています。
なので、絶対にカップルで観に行ってはいけない映画と言われているのです…(笑)
監督のアリ・アスターはこの映画を、失恋の悲しみを可視化した作品だと言っていました。
恋人と別れるということは、他人から見ればちっぽけなことでも、当事者からすれば”世界の崩壊”に等しいくらい大きな事象だ。そのサイズ感を表現したいということで、旧来から永く続く文化があり、村人全員が家族のような共鳴体である【ホルガ村】というスケールを舞台に選んだそうです。

異様な宗教観念のある異国の地で、アメリカで築いてきた人生や価値観を真っ向から潰されてしまう若者たち。しかしその中で、この村に来たことによって初めて救済を得た人物もいます。
それをエンタメとして観るか、スピリチュアル的に観るか、ただの胸糞悪い映画として観るか角度は様々で、どれも間違いではないと思いました。

私はこの映画経由で初めて、北欧に残酷な儀式が実在していたことを知り悪寒が走ったりしたものの、映画そのものは”やりすぎ”を極めたフィクションとして、エンタメ的に楽しみました。
1組の男女の不条理を描くためだけにここまでやるのか〜!と思うとそれだけでも面白いですし、妥協のない伏線、多種多様なサブジェクトたちも唯一無二の斬新さでした。


!!以下、ネタバレ注意!!



















・冒頭で、母音のみで歌われる民族歌謡がけたたましい電話音で遮られる。『ホルガという世界が、アメリカでの出来事によって消失される』演出であると言える。
これは『ダニーは本来ホルガに迎えられるべき人間なのに、アメリカでの不幸に燻っているのだ』という伏線・主張のように思える。

・私が一番怖かったのは血や火のシーンではなく、『愚か者』として殺害されたマークが死んでなお道化の格好をさせられていたこと。他のどのシーンよりも鳥肌が立った。

・美の象徴であるビョルン・アンドレセンの顔を破壊する監督、意地悪すぎる。スクリーンの歴史へのアイロニーとして見ると凄く考えさせれるけれど、怖さとか怒りとか面白さよりも、純粋に「いじわる!」って叫び出したくなった。笑

・仲間に置いていかれる夢を見たダニーが、叫びと共に黒煙を吐き出すシーンが巧いと思った。そして最後の方のシーンで、山がチューブを吸う人の顔をしているのにも戦慄した。
妹の一酸化炭素自殺をモチーフとして取り入れることで、『ダニーはアメリカで絶望を味わった』という事実を度々念押ししてくる。

・大学生たちが殺される前に仲違いしているところがパニック映画っぽくて良いし、ダニー以外は自己中心的な性格が露見されている。それによって、後に唯一ホルガで生き残るダニーがいかに純真な存在であったかが伝わりやすい。

・もうピンクグレープフルーツジュースが飲めない。

・狂気的な濡れ場からの、全裸で村をダッシュは笑ってしまった。

・全裸ダッシュからの、ダニーたちがアーアー言ってる小屋に近づくところも笑ってしまった。

・生贄を決めるのがまさかのくじびきマシーンとは。日本のあらゆるバラエティ番組が走馬灯となってフラッシュバックした。

・旅行者を襲うだけでなく自分たちの村からも生贄出せやー!って思ってたら、ちゃんと出してたのでえらい。そしてあの爽やかな笑顔。

・熊をかぶってる姿に普通に笑ってしまった…どうかギャグだと言って欲しい…。

・痛みを感じなくなる植物とか嘘っぱちやんけ!

・アリ・アスター監督はこんな映画撮ってる時点で変な人だけど、おそらく誰よりも冷静で常識観念を持ってる人なんだろうなと思った。

・親しい者に置き去りにされることに怯えていた主人公が、異国で共鳴できる仲間を得る。しかし観客には、その共鳴こそが何よりの歪みとして映る。
美しいはずの花が本作では狂気の代役者として機能しているのもそれに似ていて、あらゆるモチーフが我々の『認知』に直接訴えかけてきているように思う。

・フローレンス・ピューの最後の笑顔、ゾクゾクした。これを観られただけでもこの映画を観て良かった。こんなに悪趣味な映画を『解放の物語』として受け入れられたのは、フローレンス・ピューの表情のおかげかもしれない。

・結論:フローレンス・ピューは凄まじい女優である。
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