マンボー

TENET テネットのマンボーのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.0
一週間ほど前に観ていたが、独特の作品だったことと、そのあと仕事が忙しかったことが重なり、なかなか感想を書く気になれなかった。

事前にインセプションを観ていなかったら、多分さっぱり受け入れられなかったと思う。ただ、かの作品を観ていたからこそ、この独特すぎてやや不可解にも思える作風を速やかに理解でき、この監督に対する信頼もあったので、それなりに楽しんで観ることができた。

キャッチフレーズの「考えるな、感じろ」とは、まぁよく言ったものだと思う。

時間を逆行することで起こる物理法則なんて、正直言って物理素人の自分には全く分からない。実は自分の弟は物理学者で、若いながら専門分野ではそこそこ名の通った存在らしいが、高校三年で理数系を捨てた不肖の兄としては、さっぱり理解が及ばず、もはや考える余地すらなくて、感じて楽しむしか本作を観る方法と意味とは残されていなかった。

推理小説のトリックはほぼ見抜けず、推理小説家のよいお客を自認しているが、今作の序盤の怪しい黒ずくめの男の正体は想像通りだった。ただ本作の面白さや醍醐味は、謎の男の正体を見破ることにはなく、そうなる過程の、普通には想像しえない複雑な壮大さや遠大さを味わうことに違いない。

かなりややこしく錯綜してみえるストーリーにも関わらず、それなりに単純化でき、整合性が保たれているように見え納得させられるけれど、どうも自分の知見を超えていてストーリーの核心にはたどり着けない。

理解できないものにミステリアスな魅力を感じて、掴みきれないものへの憧憬と敬意とが、胸の底にほのかに湧きあがる。そんな効果を狙ってクリストファー・ノーランは時間をかけて計画を練り、常人には離れわざにも見える創作をやってのけたのではないかなんて勘繰ってみたり……。

しかし理解されにくいことをおよそ前提にした大作を作ることを許される監督なんて、クリストファー・ノーランぐらいじゃないか。知的で頑張り屋で、ちょっと嫌味なほどだけど、これを作れる環境を与えられることも、作ってのけることも、なかなか為しえぬ偉業だと思う。

主人公のデンゼル・ワシントンの息子さん、ジョン・デビッド・ワシントンは親の七光りを感じさせない好演。
長身美女のエリザベス・デビッキの品がある華麗な身のこなし、長身にも関わらず可憐さをも感じさせる存在感も印象的。
そして何より自分にとっては、ケネス・ブラナーの悪役が何とも味があった。ケネス・ブラナーは映画監督としては申し訳ないけれど退屈なシェイクスピア作品ばかり作る凡庸なイメージだったのに、演出もよかったのかやや狭量で最凶の悪役ぶりが本当に見事にはまって見えた。

しかし、何なんだろう、ジョーカーといい、ヒトラーといい、本作のセーターといい、社会の歪みが生んだ一人の哀しくて底知れぬ巨悪が立ちはだかる傾向は。まぁ、その方がストーリーが作りやすいし、悪役のオーラや存在感も増すからかな。

また、ジョーカーに立ち向かうバットマンは孤独だったけど、段々と作品を経るごとに理解者が増えて、味方がチームっぽくなる傾向は、映画を作る環境の変化だなんて考えすぎだろうか。