ヨーク

イップ・マン 完結のヨークのレビュー・感想・評価

イップ・マン 完結(2019年製作の映画)
4.0
イップ・マンはシリーズずっと観ていたので本作『イップ・マン 完結』は感慨もひとしおに観ました。シリーズものの常として完結とか言いながらそのうちしれっと続編やるんじゃないの? とか思いながら観ていたんだけどエンドロールが流れると、あぁもう終わっちゃったなぁ、とガラにもなく寂しい思いをしてしまいました。多分、外伝的なものはともかくイップ・マンが主役の作品はもう作られないのだろうなぁ、と思う。ドニー・イェン自身がもうカンフー映画からの引退を宣言しているのもあるが、本作を観ればそれ以上にもうこれで終わりなのだということがしみじみと感じられる。本作そのものがイップ・マンの葬儀だったようなそんな印象を受ける映画でした。
イップ・マンというカンフー映画のシリーズは一貫して中国の敵を主役たるイップ・マンが叩き伏せるというシリーズだったと思う。第一作目なんかはあからさまに抗日映画的なシナリオだし、その後も基本的に中国/香港のナショナリズムを鼓舞する作品作りになっている。基本的な構図は外部からやってきた暴力が中国/香港を蹂躙するのに立ち向かうイップ・マン、というものだ。別にそういう政治的なメッセージを含んだ映画がダメだとか言いたいわけではなく、それはそれでいい(というか映画なんて大なり小なり全部政治的だろ)んだけど今このタイミング(俺が観たのは20年の7月9日)で観るとどうしても映画内ではなくリアルでの香港のことが頭をよぎってしまうんですよね。リアルタイムで香港の独立性が揺るいでいる今、どういう風にこの作品を受け止めればいいのだろうという困惑はあった。
今この時にイップ・マンが香港にいたら一体何と戦ったんだろう、と思わずにはいられないですよ。正直その辺は複雑な思いで観ていた。別にカンフー映画に限った話ではないが特にアクション主体の物語では結局最終的な問題解決の手段が暴力であることはままある。というかイップ・マンシリーズも大抵はイップ・マンが対立する相手を力でねじ伏せることによってお話が終わっている。別にそのこと自体はいいのだが、やはり今の香港の状況を考えるとそういう物語構造自体が二重三重の皮肉のように思えて素直に楽しめないなぁ、というのはあったんですよ。
だけど本作がシリーズの完結編で良かったと思うところもある。第一作目から長い時が経ち、本作では武術家としてのイップ・マンよりも父親としてのイップ・マンの方がより前面に出ているんですよ。自分の時代はもう終わるということ、そして次の世代に何かを残すとしても、もっと広い世界に出て武術以外のことも知ってほしいということ。そこが父としてのイップ・マンの想いとして描かれるのが凄く良かったですね。本作では中国の敵をカンフーでぶっ倒すだけじゃなく、双方共に歩み寄れるポイントがあるんじゃないの、というのは今までのシリーズの中でも特に強く描かれていたと思う。ブルースが伝統的な中国武術を受け継ぎながらもそれを国際的に受け入れられやすい形で発展させていこうとする姿もそれを補強する描写だろう。
カンフー映画としてはシリーズの中では地味というか、多分イップ・マンが年齢的に老境だというのもあるだろうが派手な動きは控えめで仙人のような渋い動きを見せてくれましたね。それはそれで格好良かったので全然アリ。あと、敵対者としてアメリカの海兵隊が出てくるんだがそこにハートマンという役名のキャラクターと、役名は違うがどう見ても例のハートマン軍曹にしか見えないキャラクターがいて何なんだこれは…となりましたね。あれ多分偶然じゃないと思うけど、どんな狙いがあったのだろうか…単にキューブリックのファンなのか…。まぁいいけど。
色々と複雑な思いはあったけれどイップ・マンシリーズで舞台の大半がアメリカというのも妙な解放感があって良かったと思う。息子とのやり取りはシリーズを通して観てる人ならグッとくるだろうしそこも良かったですね。何だかんだで面白く、完結編に相応しい出来ではあった。
でも今の香港にイップ・マンがいたら何と戦うのだろうかという疑問は消えない。謂われなき弾圧と戦い続けたイップ・マンの物語がこの先どういう風に現実の世界にフィードバックされていくのか、それは非常に興味がある。それは映画そのものとはまた別の話にもなるけれど。
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