140字プロレス鶴見辰吾ジラ

ひとよの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

ひとよ(2019年製作の映画)
4.0
【それ】

白石和彌監督最新作。何としても上映終了前にと。今年は「麻雀放浪記」「凪待ち」に続き3作目。「凪待ち」があまりにヘビーな映画だったため立ち向かうつもりで足を運んだが、家族と疑似家族を白石監督らしいアンダーグランドへ優しく手を差し伸べる作品となっていた。

相変わらずダサい演出はダサいのだが、役者陣営が素晴らしい。やさぐれた佐藤健、吃音と闇を内に抱えた鈴木亮平、暴力性やヤンチャ性はあれど根は甘えっ子な松岡茉優。そして何より疲れ果てた冒頭から悟ったようで強靱な自己宗教と母たる者を演じようとする田中裕子。脇を固めるコメディリリーフな音尾琢磨の泣きっ面からの電話への応答は最高。筒井真理子も韓英恵も明るい方向に結束している脇役陣。

冒頭の大雨の中の事件以上に目につく母のおにぎりと卵焼きとウィンナーの等身大の温かさと告白と一転。15年後に続くのだが、現在公開中の「イット」と同じくかつての事件から大人になろうもがくキャラクターが愛おしい。違うのは冒頭でペニー・ワイズを母が殺してしまうこと。これによって生じた歪みと個々の心の内が重い内容ながら「凪待ち」のような絶望は控えめで、明るく振る舞わせようと周囲がアンダーグランドながらに手を差し伸べてくる状況が涙を誘う。

佐藤健の反発精神はやさぐれた口周りの髭に現れ、確実にキツさを宿した物言いとなるも、「殺人者は聖母だった。」という世間評を「聖母は殺人者だった。」と母の特別で誇らしい一夜と対立する。

鈴木亮平はそれを超える位置にいて、長男としての責任と生真面目さが溜め込む闇を「母さんのためだ。」と繰り返しながら、食事が運ばれてくる最中のiPad操作やすき焼きの肉を被害者意識で掴み上げる所作は素晴らしい。

松岡茉優のゲロをもう少しちゃんと見たかったが、ドスを効かせた暴力的な物言いや軽口のリアリティ、そして根にある母の愛情を求めた布団のシーンは愛おしい。

田中裕子は母としての回想含め、最も自己宗教に溢れている。クライマックスのある顛末によって、特別な夜は誰かの一夜だと悟るシーン、衝動的でなく彼女のロジックで父親を殺す実行日も実行後の計画を話すシーン、度胸のあることを否定しながら自身の文法に囚われ息子に糾弾された後の明後日の方向の憂さ晴らしも何故か泣ける。

タクシー会社の面々が精神的に差し伸べる手は温かいがそれを受け取る術を大人になりきれない子供たちとの対比構図がコメディテイストになるのも正解。何よりMEGUMIがただの巨乳おばさんへと老いないと見せつける演技は圧巻。

クライマックスのアクションに至る際に妙に反復の多さとエンタメ的な芝居が気がかりになるも文字通り一蹴する佐藤健の跳び蹴りでゼロサムゲームとして、自分自身の偶像崇拝的な信念とあの夜は誰かを自由にできたり、幸福にできないという客観的な否定を突きつけられながら、そこに白石監督がドライに突き放さず(スコセッシよりの監督になろうとしてもこの温かさや救済が別の道を行かせる)に何か少しの希望をもたらして終幕するバランスは正直好きだ。

「凪待ち」から続く田舎の精神的な窮屈さや温かさは、アンダーグランドのヒリつきとはまた別に優しい面もあるとドライでなくエモく、ウェットであると示す白石和彌。「凶悪」や「日本で一番悪い奴ら」のように突き放しても良かったかもしれないが、「彼女がその名を知らない鳥たち」や「凪待ち」よりもさらに温かさで救済が示されたことで、あの人の息子さんも何とか…若干の希望は抱ける。「万引き家族」との対抗意識も感じるセリフ回しも含め、ドライになれない分、エモい、ダサいに堕ちてしまいそうだがちょうど良い塩梅で白石ワールドは味付けされていた。劇中のおにぎりと卵焼きとウインナーに期待する味のように。