平野レミゼラブル

罪の声の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

罪の声(2020年製作の映画)
4.5
【過去の大事件(エンタメ)ではない。今もなお続く大事件(ゲンジツ)だ。】
MCU、ディズニーとアメリカ産の大作映画が軒並み撤退して大分スカスカな印象の11月映画。鬼滅フィーバーに大分助けられている感じがありますが、大作邦画も負けてはいません。
原作が人気小説、豪華キャスト、海外ロケも敢行……と大風呂敷の広げっぷりが逆に心配になりますが、本作はその特大スケールに負けぬ勢いでグイグイ物語にのめり込ませてくれるのが素晴らしい!!『朝が来る』、『スパイの妻』そして本作『罪の声』と鬼滅の影に隠れてたまるかとばかりに(言うて3本とも十二分にメジャーですが)面白い邦画を立て続けに公開してくれて嬉しい限りです。

本作のテーマは昭和の未解決事件。「ギンガ萬堂事件」という架空の事件名にこそなっていますが、犯行の手口は「グリコ・森永事件」そのものですし、キツネ目の男なんて呼称がモロです。
ぶっちゃけそこまで同じならわざわざ架空の事件名にしなくてもいいんじゃないかとすら思いますが、まあ事件当時にグリコも森永もあまりにあんまりな損害を被ってるんで流石に実際の商標を使うワケにはいかないか……
ただ、作中で道頓堀も舞台になるんだけど、例のグリコの走っている人看板すらギンガ社の架空の看板に入れ替わっちゃってるので「確実に知ってる風景なのになんか違う!!」ってパラレルワールドっぽさがあったのはちょっと笑ってしまった。

で、その35年前の実在事件の犯行の中で「脅迫電話に使われた子供の声」という点に着目したのが面白い。本作はW主人公制を取っていて、1人は未解決事件を洗い直す特集を手掛ける新聞記者の阿久津(小栗旬)、そしてもう1人がこの脅迫電話に使われた声の主であるテーラーの曽根(星野源)なのです。

最初は2人とも別々の視点と動機から事件を追い始めるので交わることはありません。阿久津はあらゆる観点から色々な人にインタビューを試みていって少しずつ不自然な部分を掴んでいき、曽根は自分がまさか重大事件に関わっていたとは…という驚きと共に恐る恐る真相を探っていきます。
しかし、阿久津は取材先の伝手が途絶えること、曽根は所詮は素人仕事の探偵業ということもあって同時に暗礁に乗り上げます。現実のグリコ・森永事件もこれ以上先に進むと、真相というより都市伝説の類になってしまうのでしょうね。ただ、本作はフィクション故に先に進むことが出来る。即ち「子供の声」という突破口の存在。ここで絶対に交わることのなかった2人の運命が交わっていくのです。

文化部記者なのに折角観た試写映画の感想すら投げやりな阿久津(その仕事変われ!)と、地道かつ堅実な仕事とささやかな家庭を尊ぶ曽根、この正反対かつ本来なら接点があるはずのない2人の異色のバディモノとしてもイイ感じです。
何もかも対極のようでいて、実は根っこにある善性と真面目さは一緒なんですよね。阿久津はかつて所属した社会部で不幸な家族を取材していく内に被害者に寄り添う心を失っていくことを恐れ、被害者にこれ以上踏み込むことが出来なくなった過去があります。その感情を持つこと自体が彼の好ましい善性であり、曽根も阿久津のちょっとした言動からそのことを見抜き心を許していきます。

しかし、中盤に明かされるある人物の物語は、この2人が絶句するほどに悲惨極まりなく、曽根もまた過去の阿久津同様に踏み込むことを躊躇する程のショックを受けて立ち止まってしまいます。
ギンガ萬堂事件。それは「大事件と言っても過去に起きたもの」、「死者もいないし、今さら騒ぐものでもない」とどこか軽く考えがちなものです。実際に体験していない阿久津はともかく、当事者となってしまった曽根ですら心のどこかではそのような考えがあり、だからこそ自分の家族を守るためなら封印してしまった方が良いとさえ言い切っていました。
昭和最大の未解決事件という冠詞をつけてしまえば、それはあまりにマクロな出来事であり、だからこそエンターテイメントとして消費できてしまう代物に成り果てます。そこに現実味は最早なく、興味を抱くにしろ野次馬根性でしかなくなってしまいます。
しかし、現実に事件は起きている。マクロな出来事をミクロにして見えてくるのは、とある家族の悲惨な現実。それはとても直視に耐えるものではなく、それでも現実であるからこそ絶対に目を背けてはいけない真実です。
このマクロ→ミクロの切り替わりが見事で、ここを上手く切り替えることが出来たからこそ、主人公2人の目的意識を変え、浮かび上がってきた犯人像や、そこにぶつけるべき怒りをも明確にしていきます。

本作の真犯人の身勝手さは、金田一少年の事件簿における『蝋人形城殺人事件』を思い起こさせるもので、かの事件で金田一がぶつけた「どんな綺麗事で飾ろうと犯罪は悲劇しか生まない」がここでも光ります。W主人公がそれぞれの人生と考えをアップデートさせて、名探偵と同じ領域に至ったというのがまた熱いんだ。
それは人生をアップデート出来なかった人間への最後通牒であり、海外ロケをした甲斐もあって映る古い遺跡や、場面が切り替わった時には横を向いているテレビ等のさりげない演出も効いています。

いやあ、本当に本作は全てにおいて手堅くまとまっていて、だからこそ単純に面白いというエンタメとして最上級の境地に至っていて良いんですよ!さっき、重大事件をエンタメとして消費するな!と言ってたことと矛盾してるようだけど、面白いんだから仕方ない(笑)
きっと原作の時点で面白いんだろうけど(未読)、それを上手く映画としてまとめて、かつスケールを損なわずに魅せてきた『逃げ恥』の脚本・演出コンビも実に見事な仕事ぶり。
小栗旬や星野源の演技も自然で良かったし、脇を固める人達も皆渋いながらも堅実な演技で最高。これはネタ晴らしになっちゃうから詳しくは言えないんだけど、中盤から登場する宇野祥平はMVP級の存在感だし、ある人物のキャスティングはその秘めたる過去が明らかになることで物凄く腑に落ちます。
全てが高品質で大満足。これは万人に11月中に観てもらいたい作品です。

超絶オススメ!!