平野レミゼラブル

ストックホルム・ケースの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ストックホルム・ケース(2018年製作の映画)
3.4
【犯人・人質・警察三つ巴の珍妙領域。絶対に笑ってはいけないストックホルム】
ストックホルム症候群という言葉や、人質にされた人達が犯人たちに逆に親しみを持ってしまい依存してしまうなんていう症状は有名だし、それこそ『狼たちの午後』や『インサイド・マン』といったストックホルム症候群を物語中のギミックにした映画も多く作られているワケですが、そもそもの語源となった事件とはどんなものかとなると、実は何一つ知らないということに気がつきます。
本作はそんなストックホルム症候群の由来たる、1973年のノルマルム広場強盗事件を映画化した作品です。

名前は有名だが、事件自体の知名度はほとんどないに等しいってのは正に盲点であり、良い着眼点。
そして、映画の内容はというと……うーん、これが結構面白いんだけど、その分珍妙というか……いや、実際の事件もそれだけ珍妙ってことなんだろうけども……なんなんでしょうね、これ。結構、感想に困る感じなんですよ。

「真に信じがたいがこの映画は実話を基にして描かれている」なんてちょっともったいぶった言い回しがされているけど、Wiki先生やGoogle先生に頼りつつ調べていくと、犯人の経歴や人質の人数、作中で取った犯人と人質の作戦などはやっぱりそれなりに映画用に改変している感じではあります。もちろん、肝心要のストックホルム症候群の部分は忠実で、途中トイレのために解放しても戻ってきたり、人質自らが「警察や政府は当てにならず、犯人を信頼する」と電話取材で公言した部分はほぼ事実。
犯人と人質の中で生まれる信頼や愛は果たして本物か……という点を創作で補完する形になっています。

本作を珍妙と称した一番の理由は、なんか状況はシリアスっぽいのに妙に笑えるってところにあります。
大体、銀行に乗り込んだ犯人がまず最初にやったことがラジオをドンと置いてミュージックスタートですからね。最初にやることでいいのか、それは?あと、ヒッピーの格好してボブ・ディラン歌ってるからアメリカ人って偽装も適当すぎるし、それで本当に最初はアメリカ人と誤認されてたのも緩すぎて笑う。
その後の人質確保の手際も悪ければ、やたらハイになっててテンションおかしいし、突然乱入してきた警官にビビってラッキーパンチキメたりとそのぶきっちょぷりがいちいち面白い。

人質側は人質側で、交渉の現場にやってきた夫に伝えることが「今日の夕飯の作り方」というのもどうにも対応がおかしい。いや、本来ならシリアスなハズなんですよこの場面。要はもう生きて帰れないかもしれないから、子供の分まで料理は任せたって意味合いなので。でも、銃を向けながら魚の焼き方を早口でまくしたてたり、混乱で全然メモを取れてなかったり、後で案の定料理が作れなくて冷凍で済ませてたことが判明したりとちょっとギャグっぽくなっています。
犯人と人質が症候群によって打ち解けて、互いに協力し合うようになるとアホっぽさは加速していき、犯人たちが人質を虐げる演技をする時の猿芝居っぷりは本当に笑えます。

犯人も大分雑なんですが、それ以上に雑で行き当たりばったりなのは警察達の対応。本当にお前たち、人質がいるって理解してる?ってくらいに軽はずみな行動に出まくりだし、メンツばっかり気にして人質解放の交渉に頑なに応じようとしない。人質たちが犯人側に寄っちゃうのもわかるくらいの醜態ぶり。
70年代特有のゆるい空気もあいまって銃撃戦ですら若干コントじみた感じがします。というか、金庫の攻略法は完全にコント。

そんな風に警察や政府の対応の駄目さを強調して、犯人を憎めないヤツという風に描いてはいるんだけど、ただ犯人に惹かれてしまった女性の被害ってのも結構なもんだと思うんですよ。だって、この事件を通じて夫に不信感を抱いちゃった上に、犯人のことを愛してしまったかもしれないという要らん感情植え付けられてるんだもん。作中では別にそれ以上踏み込まなかったですけど、絶対その後家庭がギクシャクする奴ですよ、これ。
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」なんて言葉ありますけど、本当にとんでもないことしでかしてますよ、コイツ。反省してください。

とまあ、終始珍妙な感じではありながら、92分と短尺で観やすかったし、その雰囲気は結構好きな部類ではあったんですが、作品としてはなんか物足りないって印象は強いです。
本作で一番物足りない部分って何かってなると、やっぱり事件をそのままお出ししたってところにあります。アバンとエンディングは事件後のことを描いてはいるのですが、どちらもとってつけた程度のものなので印象は非常に薄い。そのため「変な事件だったね…」以上の感想が出づらいのです。犯人と人質の間で生まれる愛なんかは、それこそ映画用に脚色されているハズなんですが、そこにしても創作としてあと一言が欲しかった気持ちは強いです。

こうなってくると、本作で足りない部分は別の観点から補っていくのが一番良い感じですが、どうやら今度Netflixで同じ題材のドラマ『Clark』を製作するそうなのでこっちを確認してみるのも手か。ドラマの方は本作の主人公が釈放させた仲間(クラーク・オフロソン)視点らしいので、イイ感じの補完になりそうです。