ヨーク

鵞鳥湖の夜のヨークのレビュー・感想・評価

鵞鳥湖の夜(2019年製作の映画)
4.5
劇場で観ているときは、ふ~んおもしろいじゃん、という感じで観ていてまぁまぁいい映画だねくらいの謎の上から目線のまま劇場を出たんだけど、それから買い物して電車に乗って帰宅して風呂入ってビール飲んでる間ずっと本作のことが頭から離れなくて思い出せば出すほどに超が付くほどの傑作だったんじゃないだろうか、と思ってしまうような映画でした。そんな『鵞鳥湖の夜』。劇場でオイオイ泣いたのに家に帰ったらすっかり忘れてるような映画もあって、それはそれでいいと思うんだけど本作は真逆な感じでしたね。
何が凄かったんだろうか。実は観てから一週間ほど経った今でもよく理解していない。まず映像が超格好いい。映画の冒頭からして構図がキマっているし照明というか光と影、見えるものとぼやけるものとのコントラストとか超クール。よくある斬新で鮮烈な映像を観せてくれるアート系の映画のような出だしなんだが物語は超俗っぽくてバカバカしい展開を見せる。主役のフー・ゴーは出所したばかりのヤクザ者で再開発から取り残された地区でバイクの窃盗を生業としているがナワバリを巡ってギャング同士でケチな抗争が勃発。その最中に敵対ギャングだと思って射殺した相手が警官だったもんで賞金付きの指名手配犯になり潜伏することになるのだ。ドジっ子かよ! て感じのストーリーでちょっとバカ映画に片脚突っ込んでるのかな、と思いながら観てたんだけどお話はどんどんシリアスな方向に展開していき、それと比例してどんどん死者も出てくる。劇場で観てるときは何だこの変なテンションの映画は、と思ってたんだけど後になって思うとその変な違和感がこの映画の肝だったのかもなぁとも思うんですよね。
変なテンションや違和感と書いたが、何かよく分からない靄の中に生身で突っ込んでいくような恐怖感と同時にあるワクワク感みたいなものが同居している映画なのかなぁと思うんですよね。前後も左右も貧富も男女も今昔も生死も、過去と未来もそれらを分ける曖昧なラインの上で揺れているような藪の中にいるような映画だと思いましたよ。ギャングだと思って撃ったら警官だったという物語の発端からしてそうじゃないですか。そこには現代中国に対するキレキレの批評性も含まれていると思うけど、それは別に中国に限った話でもないとも思う。そういう部分も見分けがつかないというかぼやかしたままでもあるんだけど、本作では確実にその曖昧さが逆に深々と刺さる風刺として演出されているのだ。
冒頭でギャング同士の抗争のきっかけになったのはナワバリの割り振りで揉めたことなのだが、同じようにリフレインされるシーンとして主人公を追う警察がそれぞれの担当地域を割り振るというシーンがあるし、さらに鵞鳥湖周辺の再開発を巡る現地住民たちの集会でも似たようなシーンが繰り返される。そこで描かれるのは組織は違えど基本的に縦割りの命令系統で人々が運用されて下っ端はいともたやすく切り捨てられるということであろう。それは会ったこともないような組織のボスや警察官僚や資本家の意向で下っ端の人間たちが右往左往することの悲劇と喜劇だ。まったくおかしいこのバカバカしさを基調としながら映画の中ではどんどん死体の山が築かれていくのである。
なんて面白い映画なんだろうと思う。
鵞鳥湖で行われている水浴嬢という性風俗産業の一形態も男と女が水中の見えないところでいたしているというグレーゾーン的なものなのだが、それもバカバカしい曖昧さの上で成り立つ商売だということなのだろう。
主人公とその懸賞金を巡る水浴嬢のヒロインとの関係は割りとろくでもないものではあるんだけど映画の後半、彼らが牛肉麺を食っているときに両者の関係が利害関係なのか親愛的な関係なのか分からなくなる瞬間があって、そのシーンは端的に言って感動したね。食事という行為のシーンでそのドライさと感傷的な感じが同居しているのは特筆するべき素晴らしいシーンだったと思う。これは根拠のない俺の希望的観測だけど二人で飯食ってるときにヒロインは懸賞金の使い道を決めたんじゃないだろうかと思う。何となくそう思うだけだけれど。
その懸賞金を巡るラストシーンもとても良かったんだよね。観た直後はあのラストに人間の善性とかを託したのではないかと大げさなことを思ったけれど、今思うと単に面倒くさくなったから深追いするの止めただけかもね。でもそういう適当さが何かを救うこともあるのだと思えば、やはり良いラストシーンですよ。適当に、まぁいいか、って思えることは大事。お釈迦様も執着を捨てろと言ってるしね。
実にいい映画だったと思う。途中に動物園に迷い込むシーンがあって色んな動物が映されるんだけど、あれも強烈な皮肉だよな。
あとフー・ゴーはアングルやライティングの関係でたまに阿部寛のように見えてちょっとクスッとしてしまう。ヒロインのグイ・ルンメイはエリザベス・デビッキを押しのけて今年ベストヒロインです。
素晴らしい映画は素晴らしいとしか言い得ないので、素晴らしい。
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