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草間彌生∞INFINITYのいののレビュー・感想・評価

草間彌生∞INFINITY(2018年製作の映画)
4.0


草間彌生展には何年か前に行ったことがあって、その頃放送されたドキュメンタリー番組もいくつかみた。それをみるのが目的なわけではなかったけれど、直島で黄色のカボチャもみた。「YAYOIちゃん人形」なるものを、先輩から貰ったこともあって、以来、草間彌生のことは、彌生ちゃんとお呼びしている。私は彌生ちゃんを信奉しているワケでもないし、信仰しているワケでもない。芸術のこともわかってない。ただ、彌生ちゃんと呼んでいると、親しみがわいてくる。彌生ちゃんは、自身のプロデュースも今では上手、したたかだとも思う。彌生ちゃんは幼少期に受けた辛い経験などから精神に負荷がかかりすぎた。村上春樹は小説を書きながら地下深くへと潜り、異界へと越境し、でも必ず戻ってくるのに対し、彌生ちゃんは戻ってこられない部分もあって、苦しみながらもそこで共存しているのだと思った。私は、越境しても必ず戻ってくるのが良いことだと思っていたけど、苦しみながら壮絶に生きながら共存していくことも、とても崇高な佇まいなのだと思った。私にとっては、それが今回の大発見だった。彌生ちゃんの作品は、園児も大好きで、彌生ちゃんが何者なのかを知らない園児たちが、彌生ちゃんの作品をリピート観賞しまくるという。彌生ちゃんが誰かを知らなくても、彌生ちゃんの作品は圧倒的で、観ていると時間が経つのを忘れてしまう。でも、彌生ちゃんが誰なのかを知ってしまったら、彌生ちゃんの人生を少しでも知ってしまったら、作品には意味が足されていく。差別や偏見と闘い、病を抱え、絶望の淵まで行き、絶望とともに生き、その果てに摑んだ希望なのだろうか。いや、最初から希望は内在していたのかもしれない。彼女の生き様は、作品群と切り離すことができない。私は、はじめのうちは、この映画のことを、これはテレビでの放送でも良いんじゃないかと思っていたが、観終わる頃には、自分の考えを改めた。正当な対価を支払った方が良い。草間彌生が生きて描き続けているということは、その事実は、なんというか、ものすごくそれだけで凄いことだ。


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たくさんのキュレーターや学芸員などの話。ご本人による話。
映画のはじまりに、スクリーンの左下に小さな字で、「監修:株式会社草間彌生」と出る。被写体の所属先?が監修になっているということは、この映画には、中立も自立もない、そう物語っているような気もする。でも中立って何だろう?観終わってアレコレ考えちゃった。それはともかくとして、監督は2004年から撮影を始めたそうだが、映画からは彌生ちゃんの水玉や点描と同じくらいの、不屈の精神や、終わることを知らぬ愛が、伝わってきた。それだけで、もうじゅうぶんってことかな。
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