しんしん

死霊魂のしんしんのレビュー・感想・評価

死霊魂(2018年製作の映画)
5.0
王兵監督作

このレビューでは、内容には触れないで映画作品としての批評をします。

文化大革命直前に行われた、共産党への批判を歓迎すると銘打ったキャンペーン「百花斉放、百家争鳴」、しかし中国共産党は突如方針を変更し、反共産主義的発言をしたとされた者、計55万人を収容所へ送り込んだ。しかし数年に一度の大飢饉と重なり、生存率はわずか10%と言われるほどの死者が出た。

ワンビンは2005年から2016年にかけて、生き残った人間に取材を続け、その一人一人の語りで構成されたドキュメンタリー映画に仕上げた。

一人一人の証言を完全に独立させ、それぞれの比重を同じ質量に、30分程度にして編集された。その上映時間は8時間を越え、クロードランズマンの「SHOAH」の再来と呼ばれた。

ここから僕の感想。時間感覚をチューニングする必要は確かにある。甘いものとお茶も絶対に持っていったほうがいい、腰が悪い人はクッションも必要かもしれない、しかし見て良かったと心から思える作品だった。

まず、体験者一人一人の声を大切に扱ったこの演出が非常に誠実だ。その証言全てが歴史を作り上げる大切なファクターであり、一人一人聞いて回ったワンビン監督と同じ視点を共有することができた。だからこそ、最後まで観るとこの作品の意義、今にも歴史に埋もれてしまいかねないこの事件に今一度照明を当てる必要性を感じるとともに、歴史という名の非常に大きく、非常に複雑な群像劇を当事者らの視点から肌で感じることができた。この映画は、口頭伝承されていく歴史そのものでもあるわけだ。そして、この映画は映像資料として歴史的な価値を持つ一方、映画史的にも重要な作品になるだろう。

収容所の跡地は既に更地になってその面影は消え去っている。体験者も歳をとりその記憶の灯火は今にも潰えてしまうだろう。更地に残されたのは名もなき人骨と声なき死霊の魂のみ。ワンビンはその骨を一つ一つ拾うように映像に収めていく。その声なき、名もなき骨一つ一つから声を聞こうと耳を傾けるように。

歴史という名の壮大な叙事詩であり、記録としてのドキュメンタリーであり、鎮魂としての祈祷でもありえる作品。