ついに、MCUもここまでたどり着いたか…と感慨を抱かずにはいられない、アジア系初のマーベルヒーロー誕生譚。
無印の俳優シム・リウを主演に抜擢したスタジオの意気もさることながら、主要キャストのほとんどを中国系俳優で固め、中国武術の型を存分に活かしたカンフーアクションに、伝説の腕輪テン・リングスを始めとした様々な武器や武具での攻撃に魅了され、もはや“美しい”とさえ形容できるほどのバトルシーンはマーベル史上、ひとつの到達点に達したのではないかと思えるほどの映像美。
中国の伝統的な家父長制、一家の主である父親とは相容れない、新しい価値観で生きる息子、娘との軋轢をメインに、強くあらねばならない男性像、家庭を支える女性像といったジェンダーギャップや、家督を中心とした制度の問題をリアルに描く父子のドラマ。
奇しくも先頃公開の「ブラック・ウィドウ」でも家族の愛憎が描かれていて、世界共通の共感しやすい題材を掘り下げることで、人物の内面をよく知る手がかりになるテーマ性なのだろう(ナターシャにとってはアベンジャーズもファミリーのような存在だった)。
サンフランシスコが舞台の序盤〜中盤のマカオでの緊迫感あるシークエンスに回想シーンを織り交ぜながら、徐々にシャン・チーの生い立ちに迫る展開は興味をひかれるし、コメディーリリーフのオークワフィナ演じるケイティーとの掛け合いも絶妙なさじ加減で、お互いの信頼関係が伝わってくる。
ところが、それまでのミステリアスなバトルアクションから一転、終盤にかけてのター・ロー村を舞台にした唐突なファンタジー描写には若干、戸惑ってしまった。
原作コミックの設定らしい、中国古来の神話をモチーフにした異次元世界…「ドクター・ストレンジ」とも親和性のある独特な世界観は賛否分かれるだろうけど、ちょっとやり過ぎの感は否めなかった。
実写ドラマが急に「ドラゴンボール」さながらマンガの世界に変容してしまうような違和感と、視覚効果を駆使した魔族との異能バトル。
これまで様々なヒーローや世界が描かれてきたMCUなので、ファンタジーの下地があるとしても、ここまで派手な決着をつけなければ観客は満足しないのだろうか。
ディズニーの近作でアジア市場に目を向けた「ムーラン」や「ラーヤと龍の王国」を合わせたような世界観は、個人的には嫌いではないけれど、「シャン・チー」でのそれはとってつけたような印象になってしまっていて、伝説は伝説のまま残しておいて、あくまで現代を活写した新世代の戦いを観たかった…というのが正直なところ。
先に挙げた「ドクター・ストレンジ」や、架空のアフリカ国家であるワカンダが舞台の「ブラックパンサー」はもちろん、北欧神話を元にした「マイティ・ソー」や、宇宙を股にかける「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」。
ABC製作のTVドラマ「エージェント・オブ・シールド」での時空を超えるトンデモ展開。
どれも大好きな作品だけど、リアリティーを超える設定でもキャラクターたちの魅力や脚本のおもしろさで、グイグイ惹き込まれるものがあった。
「シャン・チー」は身体ひとつで戦う武術に根差した肉弾戦と、戦いを好まない穏やかな性格とのギャップが、より一般人に近い精神性なので、もう少し地に足の着いたヒーローとして描いてもよかったのでは…というのが心残り。
ハンサムな色気を振りまくトニー・レオンが演じるウェンウーとの決闘も、役割を終えた父から息子への力の継承…という意味では充分に伝わるものがあるけれど、妻への呪縛と、息子、娘との確執がうやむやのままクライマックスへなだれ込んでしまったので、それまで丁寧に積み上げてきたドラマシーンが中途半端に終わってしまい、彼の心の奥底からの喪失感と葛藤をもっと掘り下げてほしかった。
そして良くも悪くも家族や組織の物語に終始してしまっていて、欲を言えば、監督の前作「黒い司法 ０％からの奇跡」で描かれた重厚感のある人間ドラマ…とはいかないまでも、配信ドラマ「ファルコン＆ウィンター・ソルジャー」のような人種問題を絡めた世界的な潮流を取り入れても良かったと思う。
本作がアメリカ本国、そして中国を始めとする東アジアでどう受け止められるのか興味深い。
またぞろ巨匠監督に“アトラクション・ムービー”と揶揄されてしまわないか心配になってしまう。
評価はともかく、シャン・チーと謎の武闘組織テン・リングス(紛らわしい)がMCUに加わることで世界観が大幅に刷新され、まさにマーベル新時代・始動の革新作と言えそうな本作。
ここからがフェーズ４の本格的な幕開けとなり、本作のキャラクターがクロスオーバーでどんな活躍を見せるのか、楽しみは広がるばかり。
配信ドラマも含め、ますます目が離せなくなると同時に、いつの日か日本人俳優が主演のマーベル作品を観てみたい！(やっぱりニンジャやサムライヒーローになるのかな…苦笑)。
