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マザーレス・ブルックリンのneroのレビュー・感想・評価

マザーレス・ブルックリン(2019年製作の映画)
4.0
原作は90年代だそうだが、映画の舞台は1957年のニューヨーク。主人公はブルックリンの片隅の探偵事務所所員ライオネル・エスログ。孤児だったことからボスがつけた二つ名はMotherless Brooklyn。不随意の言動が頻発するトゥレット症候群ゆえに他者から距離を取る生き方をしてきた。フリークとも嘲られるが、驚異的な記憶力を持つ。そんなサヴァン的異能の私立探偵が、殺されたボスの謎を追う。名無しのオプにも匹敵するキャラクターだと思う。頭はいいが決してキレ者とも違う優しさ弱さを持つあたりがいい。

冒頭から中盤までは情報の切り取り方・見せ方が上手くて、程よい謎感と奥まで届かないもどかしさにもやもやしつつハードボイルド世界に引きずり込まれる。特に夜間シーンの雰囲気がいい。やや気怠さをもったマルサリスのサックスと相まって、夜の底に生きる探偵感が醸し出される。全編音楽が素晴らしい。サウンドトラック買おうかなあ。

敵となる政治家モーゼス・ランドルフは、実在の”マスタービルダー”ロバート・モーゼスをモデルにしている。彼のことを調べてみたが実に興味深い人物だ。政治家でも都市計画の専門家でもないが、長くNY市政の上層部に食い込み、インフラから公園、巨大施設の建設など、その功績の大きいことに驚く。同時に黒人差別も強烈で、公共交通には目もくれず、白人の利便とモータリゼーションを強力に推進した。もちろん評判は良くない。私利私欲感は少ないが、強権・傲慢・偏狭を絵に描いた人物のように映る。調べるほどに映画のモーゼスがいかにモーゼスそのものかに驚く。兄との不仲や水泳好きなんていうところまでそのまんまだ。

少々長いことと帽子ネタを引っ張りすぎたこともあり、後半は説明っぽくなってちょっとテンポが落ちるがノワール感は十分。権力の持つ汚さを悪という次元に落とさないあの結末は、かつてのアメリカンノワールにニューシネマ的ルーザー視点を加算した描写と思える。ブルックリン南側なのだろう海岸のコテージに座る二人のラストカットにホロリ。

字幕はもう少しスラング感が欲しかった。
続編を希望したい。
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